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成績は悪くなかった。が、大学進学は諦めていた。高校を出てすぐに働きたいと言ったが母親は首を縦に振らなかった。大学は無理でも専門学校で何か資格をとって欲しい、それが母親の希望だった。けれど、資格を取れと言いながら具体的な資格をあげない母親の意見に光則は不満だった。いや、母親が具体的なことを言えないことはよくわかっていた。中学を出てからずっと水商売でしか働いていなかった母親にとって、資格を取るというのはあまり現実的な話ではなかった。
なんとか学費を貯め、専門学校に進んだ。その夏、母親が死んだ。具合が悪いと言って横になって、それっきりだった。
それまで母ひとり子ひとりで暮らしてきた光則にとって、葬式の時に初めて会った母親の叔母さんという人は、血縁と言うにはあまりにも遠い存在でしかなかった。
光則が母と暮らしていた風呂のついてないアパートの大家は雅恵の父親だった。そのあたりの土地やアパートは元々は江戸時代に名主だった一族の持ち物だった。しかし、いつの間にか雅恵の父親がそのあたり一帯の地主になっていた。
専門学校を卒業するまでアパートの家賃は払わなくていいと言い出したのは雅恵の父親だった。
背が高く、日焼けして天然パーマ、目はギョロッとしていてエラが張っている。雅恵の父親は、人当たりがいいわけではなかったが、信頼できそうな顔をしていた。そして、手が大きかった。
「その代わりと言っちゃなんだけどな。バイト続けてもらって、それで、ちゃんと学校卒業したらウチで働くか。どうだ」
その大きな手を肩に置かれ、そう言われた。
光則は思わず泣いてしまった。単に感謝の気持ちだけではなかった。赤の他人にそこまで気にかけてもらうことには気恥ずかしさがあった。もちろん、何もできない自分に対する情けなさも。
そんな恥ずかしさや情けなさは飲み込んだ。何をできるわけでもないのだ。飲み込んでしまえば全てが丸くおさまる。
泣きながら頭を下げ続けた。
その頭を、大きな手でポンと叩かれた。
専門学校ではアセンブラ、マシン語といった専門的なものからCOBOLやフォートランまで、徹底的にプログラミングの勉強をした。
楽しかった。
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