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家を飛び出した自分は、
しかしどこにも行くあてがなくて、
仕方なく近所の駄菓子屋に行った。
財布など持ってはいなかったが、
ポケットには幸運にも100円玉が二枚あった。
何かのお釣りか、あるいはゲーセンで両替した名残か。
いずれにせよ、その100円二枚で、
よく冷えたポッキンアイスと、サイダー瓶を買った。
理由もなく、急いで走って土手に向かった。
上京したかった。
こんな田舎町で農業を手伝いながら
一生を終えるのは嫌だった。
でも、両親は首を縦に降らなかった。
最悪だ。夏の暑さが手伝って、最悪の気分だ。
まずは何よりも、
土手に広がった草床の上で大の字になって、
アイスでも食べてその痛みで全て忘れてしまおうと思った。
気温は高く暑かったが、
草床は冷たく風か吹くたびに奪われる温度が心地よかった。
アイスを折り、齧り付く。
りんごの香りが冷たさと一緒に溶ける。
そのままサイダーを、息をするように飲む。
アイスの冷たさが、サイダーの刺激を強める。
喉が噎せ返るのを我慢して飲み続ける。
最後の一口を飲み干してから咳き込んだ。
「かぁ~」たまんねぇ。
口元を拭うと、上から声がした。
「正か、とっつぁんに似てきたなぁ」
小麦色の肌に麦わら帽、
手ぬぐいを腰に差した姿は
どこからどうみてもお爺さんだった。
でも、長身で皺くちゃの肌の下には
鞭みたいに細くしなやかな筋肉が束になっている。
誰が見たって普通じゃない。
それが、弁爺。
半世紀前、何もないここら一帯を開拓して、
人の住める場所にした開拓者。
貧しい村を、りんごだけで興し、発展させた功労者。
引退した今でさえ尚、
全国の有力者と繋がっていると言われる為政者。
生きる伝説。
そんな鼻で笑ってしまいそうな、眉唾な老人。
それに付き合うように、起立し、礼をした。
「お疲れさんです」
弁さんは「固っ苦しいところもだ」と言って、
土手を降りてきた。
「とっつぁんと喧嘩でもしたべか?」
いや、と頭を掻く。
「家でて東京さ行く話だべ」
「んだす。親父がガンとして反対で。
もしかして、親父に言われて来たんすか」
弁爺はニヤと笑って答えた。
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