第1章

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家を飛び出した自分は、 しかしどこにも行くあてがなくて、 仕方なく近所の駄菓子屋に行った。 財布など持ってはいなかったが、 ポケットには幸運にも100円玉が二枚あった。 何かのお釣りか、あるいはゲーセンで両替した名残か。 いずれにせよ、その100円二枚で、 よく冷えたポッキンアイスと、サイダー瓶を買った。 理由もなく、急いで走って土手に向かった。 上京したかった。 こんな田舎町で農業を手伝いながら 一生を終えるのは嫌だった。 でも、両親は首を縦に降らなかった。 最悪だ。夏の暑さが手伝って、最悪の気分だ。 まずは何よりも、 土手に広がった草床の上で大の字になって、 アイスでも食べてその痛みで全て忘れてしまおうと思った。 気温は高く暑かったが、 草床は冷たく風か吹くたびに奪われる温度が心地よかった。 アイスを折り、齧り付く。 りんごの香りが冷たさと一緒に溶ける。 そのままサイダーを、息をするように飲む。 アイスの冷たさが、サイダーの刺激を強める。 喉が噎せ返るのを我慢して飲み続ける。 最後の一口を飲み干してから咳き込んだ。 「かぁ~」たまんねぇ。 口元を拭うと、上から声がした。 「正か、とっつぁんに似てきたなぁ」 小麦色の肌に麦わら帽、 手ぬぐいを腰に差した姿は どこからどうみてもお爺さんだった。 でも、長身で皺くちゃの肌の下には 鞭みたいに細くしなやかな筋肉が束になっている。 誰が見たって普通じゃない。 それが、弁爺。 半世紀前、何もないここら一帯を開拓して、 人の住める場所にした開拓者。 貧しい村を、りんごだけで興し、発展させた功労者。 引退した今でさえ尚、 全国の有力者と繋がっていると言われる為政者。 生きる伝説。 そんな鼻で笑ってしまいそうな、眉唾な老人。 それに付き合うように、起立し、礼をした。 「お疲れさんです」 弁さんは「固っ苦しいところもだ」と言って、 土手を降りてきた。 「とっつぁんと喧嘩でもしたべか?」 いや、と頭を掻く。 「家でて東京さ行く話だべ」 「んだす。親父がガンとして反対で。  もしかして、親父に言われて来たんすか」 弁爺はニヤと笑って答えた。
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