第1章

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「汚ねぇ」 「コラっ。親を悪く言うなで」 「自分でどうにかならねぇからって、  弁爺に頼むのは卑怯ださ」 「心配してんだで、とっつあんも」 どうだか、と言って、それからぶっきらぼうに聞いた。 「弁爺も止めに来ただか」 弁爺は「うんにゃ」と言って続けた。 「儂は賛成じゃ。若者はいろいろ経験した方がええ。  井の中の蛙、大海を知らず。  井戸から出て、大海を知れば分かることも多いじゃろうて」 ただ、と意味ありげに呟いた。 「なんじゃい?言うてくれよ」 「儂は心配なんじゃ、お前さんのことが」 「オラなら大丈夫だ。頭は決していぐね、  でも体には自信がある。  生まれてこの方、風邪なんかしたことねしな」 「そこじゃ。  お前は確かに丈夫だし、丈夫なことは良い事だ。  だがな、物を知らなすぎる」 物を知らない、と言われて良い気持ちはしなかった。 でもその通りだ、返す言葉はない。 「おめさん家は蛇口を捻ると何が出る?」 「水だ」 「東京では水は出ん」 「はぁ?」 「何が出るか知っとうか?」 「うんにゃ」 弁爺は「こっちに」と言って顔を近づけさせた。 それから「みかんだ」と耳打ちした。 「みかん?」 声がでかい。と言われた。 「東京では蛇口からみかんが出るのか?」 「みかん汁だ。向こうではみかんジュース言いよる」 はぁ、と言った。結体な話だ。 でも、それだけのように思った。 確かに水が出ないのは不便だ。 どうやって茶碗を洗うのか想像できない。 でもそれだけだ。 「それが、なんぞ不都合でもあるん?」 「翔ちゃんのところの娘。林果。同い年だべ」 林果は幼馴染だ。 少し丸くてコロコロしていて、 真っ赤なほっぺが可愛い。 小さい頃は嫁に貰えるなら、林果が良いと思っていた。 「ああ、ちっちゃい頃から遊んどる」 「真っ赤なほっぺして、丸くて。紅玉みたいだべ」 「ああ、可愛いな」 「なんでああなったか知っとうか?」 「いや」 「りんごや」 はあ、と思った。
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