第1章

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確かに林果の家では広大な林檎畑がある。 その理由は弁爺の過去にも関わりがある。 弁爺はりんごだけでこの村を興した。 それは全国出荷率1%にもみたなかったこの県のりんご出荷率を、 劇的に上昇させ、最初の3ヶ月で4位に付け、 次の3ヶ月で2位までを蹴落とし、 最後の3ヶ月で当時1位の青森を僅差で下した。 と言われている。 そして、林果の家は、弁爺の引退後、 その土地の6割を受け継いでいる。 林果の家にりんごは、売る程あった。 「りんご喰ってると、りんごみたいになる?」 「そうや」 「それが」どういう関係が、と言おうとしたところで、 言葉が止まった。 「まさか」 弁爺は頷いた。 「東京の蛇口からはみかんジュースが出る。  それ即ち、みかんジュースを恒常的に摂取するということや。  もう言わんでも分かるやろ」 「東京の人はみかんになる」 弁爺は頷いた。 戦慄が走る。 日本の中心ではそんな怪奇なことが起こっているのかと。 俺はそんなことも知らなかったのかと、身震いをした。 「ん?」ふと頭に疑問が浮かんだ。 「でも弁爺。東京のアイドルさんや俳優さんは  みかんではねべや」 「アイドルさんや俳優さんは、お金持ってるべ。  そのお金で買うだ」 まさか、そう言葉にする前に、弁爺は肯定した。 曰く、水を。 「嘘だべ」 「本当だ。金持ちは水を買う。だからみかんにならねーべ」 「水は高いか?」 「高い。コップ一杯の水は酒と同じだ」 「オラどうしたらいいべ?」 「覚悟だ。そのくらいの覚悟が必要だ。  お前にはそれがあるか?」 覚悟。その言葉は重くのしかかる。 ないわけではない。 でもそれが、思いもよらないほど重たい現実を、 支えられるほどだったのか。 自問自答する。 弁爺が肩に手を置いた。 「ゆっくり考えろ。  おめさんがどうするにせよ、おらは尊重する」 「ありがとう」と言って、立った。 「ありがとう。よく考えてみる」 そう言って、歩き出した。 「おう、ガンバレ」 弁爺がひらひらと手を振った。
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