死は安心の一歩手前に

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猫が興味を抱いたせいで水槽の金魚は犠牲を伴った。昨日の晩に庭へ埋めた。 すると理乃はひどく怒った。ちゃんとお葬式しないとだめ、って。 その頬を頑張って膨らます姿も可愛かった。 男ひとりで育てているからか娘が大切すぎる存在となっていたが、あと10年もしたら「お父さんキモい」とか言い始めるんだろう。心が痛む。 (トイレは次を左折か……。) 隣の隣に図書館はあったのだが、停電で休みだそうだ。 それで1.2キロ離れたここまで歩くことになった。 理乃は人魚の可愛いゴムのおもちゃで今朝ずっと遊んでいた。金魚の葬式について散々言った後も、ずっと。 指人形程のおもちゃだ。 機嫌を損ねると会話もしてくれない理乃。シカトされると悲しい。 だからすぐに機嫌を直してくれた事だけが奇跡だった。 とにかく、金魚の葬式についてと猫の飼い方さえわかればいい。 借りる本は二冊だ。 肘でドアを押す。 図書館のトイレは綺麗だった。 どう水を出そう。手が汚れているため、手以外で蛇口を捻りたい。 また肘を使った。個室から出てきたオッさんには怪訝そうな顔で見られたが、まあこの際気にしないことにしよう。 本当はかなり傷付くのだが。 と、 「?」 トン。 軽い音がした。 落し物なら届けなくては、と振り返るが、さっきのオッさんもいない。 何も落ちていない。 気のせい……じゃないな。 外か。 出しっぱなしだと水が勿体無いので、手を洗う。 そして流しに落ちていたゴミを拾い、カバンのビニールへ。 入れようとゴミを見ると、汚れた何かだった。 何だ……これは。 触ると、ゴムの塊のようだった。 変な物ポイ捨てするなよ。綺麗になった手で蛇口を捻り、ゴムを洗う。 人魚の形をしたそれは、可愛らしく微笑んでいた。 目に緑色の宝石をはめて。 「理乃が持ってたやつと同じか」 理乃の喜ぶ顔が頭に浮かぶと、持って帰りたくなった。 本来なら、捨てるか警察に届けるかした方が良いかもしれないが小さなただの指人形ならいいだろう。 ゴミ袋ではなく眼鏡ケースにしまった。 トイレから出る。手は綺麗になり、理乃にあげる可愛いオモチャも拾った。 いい気分だ。 無事にキリストと仏教の本と猫の飼い方の絵本を入手。 理乃が心配なので、急いで帰る。 階段は二段飛ばし、歩道の右をダッシュ。 しばらく走ると喉が渇いた。乾きすぎて痛い。やっぱりついてはいない。近くに自動販売機を見つけ、急ぐ。
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