5人が本棚に入れています
本棚に追加
走りにくい。荷を減らそうとカバンを放り投げた。
その間にも、息をしようとした口に入る人形。それを吐き出し、走る。人形の上を走る。全身に人魚がドカドカぶつかる。眼鏡をしているため、幸い目には入らなかった。ゴムの塊は痛い。空から降っているため、相当な力がある。それが肩を打ち、頭で跳ね、足にまとわり付くのだ。
「やめろ……やめろォォォ!!」
笑い声が聞こえる。赤ちゃんの笑い声が、囁くように。
底なし沼にいる気分だった。どんな気分かって、死ぬかもわからない状況で神様に踊らされているような。
家が見えた。いつも通り、シミの出来たアパートだ。
次第に雨は強く自分を打ち付ける。誰も居なくなった暗い道路に降り続ける赤い目の人形。
アパートの階段の手すりに手を掛けて強く握り、人形の沼から右足を抜き、左足を抜く。
そう簡単にはいかなかった。
左足が抜けない。振り返ると、人形達は地獄へ引っ張ろうとしていた。
仕草は理乃のねだる行為に近かったが、笑っていた。
その数は100も200も超えている。小さな手で優しく足を抑え、沈もうとしていた。
足は地面があるはずの深さでは止まらない。
その下へ、まだ人形の詰まったその場所へ引きずり込んでいく。
強くなっていく力に、必死で対抗した。
右足は折れる程踏ん張り、両手で手すりを引き寄せる。
あと少し……あと少しだ。
もう、足が抜けるんだ。
「オイデョ……スグニ……オイデョ……」
「オイデョ……オィデ。タノシィヨ……」
ザワザワ。背後で人形が喋り始めた。
オイデヨ。そう繰り返している。
「……!!」
その時、手に吹き出した脂汗。手は力を入れたまま手すりの上を滑り降りた。
左手だ。
振り返ると、密集して土地を埋め尽くした人形は、皆赤黒い目を光らして、
一斉にこつちを見た。
手が滑ったのを見逃しませんよ、とでも言うように。
歪まない顔に、歪んだ表情を乗せて、更に集まってくる。
「やめろ……やめろ……来るなァァァァ!!!」
数はわからない。地面がどの深さにあったのかも忘れてしまうくらいだ。
津波のように押し寄せてきて、あっという間に左手を攫う。
「ツカマェタ……キミノヒダリテ、ツカマェタァ……」
ずるずると沈んでいく。
人形が集まり、手を持って沈む。人形の滝壺。
このまま引きずりこまれたら……!!
最初のコメントを投稿しよう!