死は安心の一歩手前に

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走りにくい。荷を減らそうとカバンを放り投げた。 その間にも、息をしようとした口に入る人形。それを吐き出し、走る。人形の上を走る。全身に人魚がドカドカぶつかる。眼鏡をしているため、幸い目には入らなかった。ゴムの塊は痛い。空から降っているため、相当な力がある。それが肩を打ち、頭で跳ね、足にまとわり付くのだ。 「やめろ……やめろォォォ!!」 笑い声が聞こえる。赤ちゃんの笑い声が、囁くように。 底なし沼にいる気分だった。どんな気分かって、死ぬかもわからない状況で神様に踊らされているような。 家が見えた。いつも通り、シミの出来たアパートだ。 次第に雨は強く自分を打ち付ける。誰も居なくなった暗い道路に降り続ける赤い目の人形。 アパートの階段の手すりに手を掛けて強く握り、人形の沼から右足を抜き、左足を抜く。 そう簡単にはいかなかった。 左足が抜けない。振り返ると、人形達は地獄へ引っ張ろうとしていた。 仕草は理乃のねだる行為に近かったが、笑っていた。 その数は100も200も超えている。小さな手で優しく足を抑え、沈もうとしていた。 足は地面があるはずの深さでは止まらない。 その下へ、まだ人形の詰まったその場所へ引きずり込んでいく。 強くなっていく力に、必死で対抗した。 右足は折れる程踏ん張り、両手で手すりを引き寄せる。 あと少し……あと少しだ。 もう、足が抜けるんだ。 「オイデョ……スグニ……オイデョ……」 「オイデョ……オィデ。タノシィヨ……」 ザワザワ。背後で人形が喋り始めた。 オイデヨ。そう繰り返している。 「……!!」 その時、手に吹き出した脂汗。手は力を入れたまま手すりの上を滑り降りた。 左手だ。 振り返ると、密集して土地を埋め尽くした人形は、皆赤黒い目を光らして、 一斉にこつちを見た。 手が滑ったのを見逃しませんよ、とでも言うように。 歪まない顔に、歪んだ表情を乗せて、更に集まってくる。 「やめろ……やめろ……来るなァァァァ!!!」 数はわからない。地面がどの深さにあったのかも忘れてしまうくらいだ。 津波のように押し寄せてきて、あっという間に左手を攫う。 「ツカマェタ……キミノヒダリテ、ツカマェタァ……」 ずるずると沈んでいく。 人形が集まり、手を持って沈む。人形の滝壺。 このまま引きずりこまれたら……!!
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