第1章

3/5
前へ
/5ページ
次へ
「僕は世界から認識されていない。」 「だから僕は、僕にだけ僕を認識できる方法を考えた。」 「僕は誰かを愛する事にした。」 「僕は誰かを一方的に愛する事によって、僕がこの世界に存在する事を認識する。」 『人を愛するという事はつまり、それだけでも人が存在する理由に事足りる。』 「と、何かの本に書いてあった。」 「僕はこの言葉に非常に感銘を受けた。」 「そうして僕はさっそく実行に移すことにしたのだが。」 「困った事に人の愛し方が解らない。」 「誰かに教えて貰えることでもない。」 「しかしいざ『じゃあこの人でも愛してみようかな』という具合に選べる筈もなく。」 「危うく僕の計画は頓挫して、途方に暮れてしまいそうになった。」 「しかし僕も、こうと決めたら諦めの悪い方なので。」 「もうこうなったら運命に選択を委ねてしまえという事になった。」 「いつもの朝の通勤電車。」 「この毎日変わらない風景を見渡して、その日一番最初に目が合った人を愛そうと決めた。」 「そしてその日、一瞬だったけど確かに目が合った人がいた。」 「最初は『そんなまさか!?』とか『よりによってこんな。』とか『もう一度やり直すべきでは?』などとグズグズとした自問自答をしていた。」 「しかし一度決めたことを覆しては、運命に選択を委ねた意味がない。」 「ここで言い逃れをすれば僕の存在理由は遠ざかっていくだろう。」 「僕は心を決め、運命が選んだ相手を愛することにした。」 「不思議なことに、そう決意した途端に僕の心は運命の選択を受け入れ始めた。」 「毎日電車の中で見るその人の仕草一挙一動が、日を追うごとに愛おしく思えてきたのだ。」 「そしてある日、僕は気付く。」 「僕は本当に、彼を愛してしまったのだ。」 「あの若いくたびれたサラリーマンを。」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加