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それは、もしかしたら、言葉ではなかったのかもしれない。
猫は、人の言葉をしゃべらない。
だが龍一のするどい耳は、三度目の正直とばかりに、確かに、その言葉を聞きとった。
痛む肩を押さえ、ミャーを目で追えば、
ミャーは小さな体で、美百合の胸の上に立ち、美百合の体を組み敷いている。
龍一の腕の支えを失って倒れた美百合の胸に、四肢を踏ん張って立ち、
美百合の顔に向けて、低く唸りをあげていた。
いや違う。
何かを、美百合の唇から吸いだしている。
美百合の体がビクンビクンと跳ねた。
龍一も慌てて駆け寄り、美百合の体を押さえつける。
一瞬だけ、ミャーが龍一を振り返って、
『笑った』
ように見えた。
龍一の手にかかる美百合の抵抗が消えて、美百合の体はぐったりとした。
代わりに、美百合から降りたミャーが、床の上で転がった。
「おいネコ! どうした。何だ!」
龍一はミャーの小さい体を捕まえようと、床の上を滑る。
立ちあがっている暇などなかった。
ミャーは四肢を震わせ立ちあがり、龍一に向かって口を開いた。
一瞬、葛原の声がするのかと警戒したが、ミャーは、
「オト……サン。
オカ、サン……ヲ、ネガイ」
ドアの隙間を抜けて、外へ走り出していった。
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