2 父

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美百合が眠りに落ちたことを確認し、龍一はそっと椅子を立つ。 廊下に出て、携帯電話を取り出し、メモリの名を順に目で追った。 しかしこんな事態を相談できる相手など、最初から心当たりもない。 さっき龍一が目撃したことは、まるで映画やテレビの中の世界。 『心霊現象』 『憑依状態』 『悪魔憑き』 龍一は、自分の頭脳が出した答えを、唾棄するように捨てる。 「バカバカしい」 自分のことなら、簡単にそう言えた。 しかしことは今、美百合の上に降りかかっているのだ。 「どうしたらいい。どうすればいい」 ガン! 龍一は唇を噛み、壁を強く叩いた。 切りつけられた右腕が痺れるように痛み、無造作に巻いたシャツが血で染まる。 しかし龍一はかまわなかった。 無力な己が、歯噛みするほど悔しかった。 その時、 トゥルルルル 手にした携帯電話が着信を告げ、心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。 眠っているはずの美百合が気にかかり、慌ててマナーモードに切り替える。 寝室に耳をそばだてれば、美百合の規則正しい寝息が聞こえてきた。 安堵の息を吐いて、龍一は、辛抱強く待っていた電話の相手に、回線を繋ぐ。 「――」 龍一は、自分からは存在を明らかにしない。 それを知っている相手は、 「ただの近況報告だ。そう警戒すんなよ龍」 緊張感のない、のんびりした声でそう言った。 「……谷口」
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