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元、政府の秘密工作員だった有坂龍一が、与えられた任務をこなす時、
そこに情はなかった。
仕事仲間だった葛原からも、
「龍、龍。お前は人間じゃない」
と言われたことがある。
それは葛原の別れた妻が生んだ子が、政府にとって危険人物とみなされた時だ。
龍一は政府が下した処分を、ためらいなく遂行した。
額に命中した弾は、そいつの脳を簡単に破裂させ、
まだ年若いそいつは、クルクルと踊るように回って、地面に倒れた。
「龍、お前は人間じゃない。こんなこと人間には出来ない!」
更迭処分になったはずの葛原が銃を握って、狙撃した龍一の前に立った。
ライフルを肩に、寝そべる体勢でいた龍一は、とっさに仰向けになり、腰のホルダーからベレッタを抜く。
引き金に指をかけた。
が、その時にはすでに、葛原は他の仲間の手で、殴り飛ばされていた。
龍一は、服の埃を払って立ち上がる。
「お前か、谷口」
「ああ。ちょうど通りかかってな」
つい今しがた、仲間内での殺し合いを止めたと言うのに、谷口は吹き抜ける風の匂いを楽しむように顎をあげる。
高層ビルの屋上の一角。
谷口の咥えたタバコから、紫煙がひとすじあがって、空に吸い込まれた。
地上で起こっているはずの狙撃騒ぎは、あまりにも小さく、まるで別の国の出来ごとだった。
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