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「今んとこ多恵も翔馬も、PTSDの症状はない。ま、お蔭さんで家族円満だ。世界平和ってとこだぜ」
電話の相手の元同僚『谷口』は、誘拐事件に巻き込まれた、自分の妻子の様子を教えた。
谷口の妻子を事件に巻き込んだ一因は、龍一にもあったので、
谷口の家族に何かあれば、いつでも電話するように言ってあった。
しかし谷口は、現状報告をするためだけに連絡を寄こすような、ぬるい男ではない。
呑気な声音の裏に、何事かが秘されているということだ。
「用件はなんだ。簡潔に言え」
今は、谷口の前置きと遊んでいる場合ではない。
そして谷口の後ろにいる、政府とも係わるつもりもない。
龍一は今、それどころではないのだ。
龍一にとって、美百合ほどの最優先事項は、他にない。
龍一に促されて、谷口は、
「んじゃ」
と、変わらぬ呑気な口調で切り出した。
「葛原の死が確認された。昨日だ」
龍一は、少なからず、驚いた。
葛原は、職を罷免された後、政府の監視体制の下に置かれたはずだ。
厳重な見張りが付けられていて、死亡確認されるのに、昨日などというタイムラグが発生するわけがない。
病気だったという話も聞かない。
「――何があった」
「自殺した」
谷口は昨日の天気を語るように、そう続けた。
龍一は問いただす。
「その前の話だ。葛原が死ぬ前に何があった」
傍若無人なはずの谷口が、少し言い淀んだ。
それでも、
「葛原は、龍、お前に復讐するために、政府の監視下から逃亡を図った。
しかし果たされず、俺たちと撃ちあいをやったあげくに、罠がてんこ盛りのアジトにこもって、自分で自分の頭を撃ち抜きやがった」
簡潔に教えた。
葛原の仕掛けた罠を解除し、アジトに侵入するのに時間がかかり、死亡確認が遅れたのだと谷口は続けた。
「……そうか」
龍一は呟いた。
葛原の息子を撃ち殺したあの日、葛原が叫んだ呪詛の言葉は忘れない。
「龍、お前は人間じゃない。こんなこと人間に出来るわけがない」
葛原は、目を血走らせ、口から泡を吹いて続けた。
「龍、お前は、もう悪魔だ!」
龍一は否定をしなかった。
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