2 父

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「今んとこ多恵も翔馬も、PTSDの症状はない。ま、お蔭さんで家族円満だ。世界平和ってとこだぜ」 電話の相手の元同僚『谷口』は、誘拐事件に巻き込まれた、自分の妻子の様子を教えた。 谷口の妻子を事件に巻き込んだ一因は、龍一にもあったので、 谷口の家族に何かあれば、いつでも電話するように言ってあった。 しかし谷口は、現状報告をするためだけに連絡を寄こすような、ぬるい男ではない。 呑気な声音の裏に、何事かが秘されているということだ。 「用件はなんだ。簡潔に言え」 今は、谷口の前置きと遊んでいる場合ではない。 そして谷口の後ろにいる、政府とも係わるつもりもない。 龍一は今、それどころではないのだ。 龍一にとって、美百合ほどの最優先事項は、他にない。 龍一に促されて、谷口は、 「んじゃ」 と、変わらぬ呑気な口調で切り出した。 「葛原の死が確認された。昨日だ」 龍一は、少なからず、驚いた。 葛原は、職を罷免された後、政府の監視体制の下に置かれたはずだ。 厳重な見張りが付けられていて、死亡確認されるのに、昨日などというタイムラグが発生するわけがない。 病気だったという話も聞かない。 「――何があった」 「自殺した」 谷口は昨日の天気を語るように、そう続けた。 龍一は問いただす。 「その前の話だ。葛原が死ぬ前に何があった」 傍若無人なはずの谷口が、少し言い淀んだ。 それでも、 「葛原は、龍、お前に復讐するために、政府の監視下から逃亡を図った。 しかし果たされず、俺たちと撃ちあいをやったあげくに、罠がてんこ盛りのアジトにこもって、自分で自分の頭を撃ち抜きやがった」 簡潔に教えた。 葛原の仕掛けた罠を解除し、アジトに侵入するのに時間がかかり、死亡確認が遅れたのだと谷口は続けた。 「……そうか」 龍一は呟いた。 葛原の息子を撃ち殺したあの日、葛原が叫んだ呪詛の言葉は忘れない。 「龍、お前は人間じゃない。こんなこと人間に出来るわけがない」 葛原は、目を血走らせ、口から泡を吹いて続けた。 「龍、お前は、もう悪魔だ!」 龍一は否定をしなかった。
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