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龍一の腕の中で美百合は、酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。
そして、
「わかっているじゃないか」
男の声で言った。
だがその声は、美百合の意識とは別の場所から出ているらしく、
美百合の顔は驚きと恐怖に歪んでいる。
初めて意識のはっきりした状態で、自分の口から出る、他人の声を聞くのだ。
そのおぞましさと恐怖に、たちまち脅えた顔を見せた。
そんな美百合の感情にはかまわず、声だけが続ける。
「龍、お前には死んでもらう。
だが簡単には殺しやしない。お前が殺した、俺の息子と同じ目にあわせてやる。
苦しんで苦しんで、苦しんでから、死んでもらう」
ゲッゲッゲッ
と美百合の唇は笑う。
美百合の顔色は、恐怖に代わり、今度は絶望が色どり始めている。
自分の発言の重大さに驚き、止めることの出来ない己の口に、何が起こっているのかを、一気に悟ったのだ。
美百合の瞳から、たちまち涙が溢れて、頬を伝った。
葛原は、自分の声を、美百合にワザと聞かせている。
これから起こることを、美百合にワザと聞かせている。
体を乗っ取った美百合の口で、龍一の命を奪うと宣言し、美百合の中に沸き起こる苦しみを、葛原は楽しんでいる。
そして事実、葛原は美百合の手で龍一を殺させるのだろう。
そうすることが、龍一にとっての一番のダメージになることを、葛原は知っているのだ。
龍一は唇をわななかせた。
「……よせ葛原。俺の命でいいなら、気の済むようにしろ。だが美百合は関係ない」
「ッ――」
美百合はまた悲鳴をあげかけ、今度は唇を噛んで、声をこらえた。
「よせっ!」
声を殺しても、美百合の体はガクガクと震えている。
どれだけの苦痛が、美百合を襲っているというのか。
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