2 父

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龍一の腕の中で美百合は、酸欠の金魚のように口をパクパクさせた。 そして、 「わかっているじゃないか」 男の声で言った。 だがその声は、美百合の意識とは別の場所から出ているらしく、 美百合の顔は驚きと恐怖に歪んでいる。 初めて意識のはっきりした状態で、自分の口から出る、他人の声を聞くのだ。 そのおぞましさと恐怖に、たちまち脅えた顔を見せた。 そんな美百合の感情にはかまわず、声だけが続ける。 「龍、お前には死んでもらう。 だが簡単には殺しやしない。お前が殺した、俺の息子と同じ目にあわせてやる。 苦しんで苦しんで、苦しんでから、死んでもらう」 ゲッゲッゲッ と美百合の唇は笑う。 美百合の顔色は、恐怖に代わり、今度は絶望が色どり始めている。 自分の発言の重大さに驚き、止めることの出来ない己の口に、何が起こっているのかを、一気に悟ったのだ。 美百合の瞳から、たちまち涙が溢れて、頬を伝った。 葛原は、自分の声を、美百合にワザと聞かせている。 これから起こることを、美百合にワザと聞かせている。 体を乗っ取った美百合の口で、龍一の命を奪うと宣言し、美百合の中に沸き起こる苦しみを、葛原は楽しんでいる。 そして事実、葛原は美百合の手で龍一を殺させるのだろう。 そうすることが、龍一にとっての一番のダメージになることを、葛原は知っているのだ。 龍一は唇をわななかせた。 「……よせ葛原。俺の命でいいなら、気の済むようにしろ。だが美百合は関係ない」 「ッ――」 美百合はまた悲鳴をあげかけ、今度は唇を噛んで、声をこらえた。 「よせっ!」 声を殺しても、美百合の体はガクガクと震えている。 どれだけの苦痛が、美百合を襲っているというのか。
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