1 猫

1/13
前へ
/49ページ
次へ

1 猫

有坂龍一は熱に浮かされていた。 絶え間なく額からは汗が溢れ、呼吸さえも苦しい。 浅い眠りに少しだけうとうとすれば、今度は訳のわからない悪夢が龍一を責めさいなむ。 龍一の発熱で潤んだ瞳は茶色。 汗で額に張り付いた髪の色も、金髪に近い薄茶だ。 その時、 ポタリ 水滴が龍一の瞼の上に落ち、 「あ、ごめん。冷たかった?」 龍一を気遣った、ささやくような女の声がした。 龍一は、ゆるゆると目を開け、 「……美百合」 そこに見つけた、妻の名を呼ぶ。 見るからにハーフ顔の龍一とは対照的に、妻の美百合は、黒い瞳にストレートの黒髪をしている。 見かけは純和風だが、意思の強そうな大きな瞳が印象的だ。 「びっくりしちゃった。お散歩から帰ったら、龍一ってば、ぐったりしてるんだもん」 子供のように、花みたいに笑う。 美百合は、小さな手のひらを、龍一の額にあてた。 「まだ熱が高いね。体が休まらないよ。せめて目を閉じてて」 他人がいたり、自分が弱っていたりすると、なおのこと龍一は 『眠らない』。 そのことを知っている美百合は、続いて、額に氷水で絞ったタオルを乗せる。 目の上までを覆ったタオルは、ひんやりとして、とても心地良かった。 しかし、龍一の体内時計では、もう深夜二時を回っている。 「冷却シートがあったはずだろう。あれでいい。美百合ももう休め」 妻の身を案じて言ったのだが、美百合は、ぶうっと膨れた。 「イヤッ! 龍一が熱を出すなんて、よっぽどだもん。看病するの」 言い草はまるでオママゴトだ。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加