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1 猫
有坂龍一は熱に浮かされていた。
絶え間なく額からは汗が溢れ、呼吸さえも苦しい。
浅い眠りに少しだけうとうとすれば、今度は訳のわからない悪夢が龍一を責めさいなむ。
龍一の発熱で潤んだ瞳は茶色。
汗で額に張り付いた髪の色も、金髪に近い薄茶だ。
その時、
ポタリ
水滴が龍一の瞼の上に落ち、
「あ、ごめん。冷たかった?」
龍一を気遣った、ささやくような女の声がした。
龍一は、ゆるゆると目を開け、
「……美百合」
そこに見つけた、妻の名を呼ぶ。
見るからにハーフ顔の龍一とは対照的に、妻の美百合は、黒い瞳にストレートの黒髪をしている。
見かけは純和風だが、意思の強そうな大きな瞳が印象的だ。
「びっくりしちゃった。お散歩から帰ったら、龍一ってば、ぐったりしてるんだもん」
子供のように、花みたいに笑う。
美百合は、小さな手のひらを、龍一の額にあてた。
「まだ熱が高いね。体が休まらないよ。せめて目を閉じてて」
他人がいたり、自分が弱っていたりすると、なおのこと龍一は
『眠らない』。
そのことを知っている美百合は、続いて、額に氷水で絞ったタオルを乗せる。
目の上までを覆ったタオルは、ひんやりとして、とても心地良かった。
しかし、龍一の体内時計では、もう深夜二時を回っている。
「冷却シートがあったはずだろう。あれでいい。美百合ももう休め」
妻の身を案じて言ったのだが、美百合は、ぶうっと膨れた。
「イヤッ! 龍一が熱を出すなんて、よっぽどだもん。看病するの」
言い草はまるでオママゴトだ。
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