3 母

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微かに地を蹴る音がして、龍一は再度頭を下げた。 だが龍一を跨いだ獣は、間髪いれずに顔を戻して、龍一に襲い掛かる。 するどい牙が、龍一の肩の辺りを喰い千切った。 龍一に一撃を与えた後、また、闇と繁みに姿を隠す。 確かにそこにいるはずなのに、風がサワサワと梢を揺らす音しか聞こえない。 目をこらしていた逆の方向から、獣が飛び出してきた。 今度は避けた龍一の頭を、通過しざまに後ろ足で蹴り飛ばした。 爪が頭皮を引っ掻いて、タラリと血が流れる。 人間の殺気なら、龍一は間違いなく察することが出来る。 だが、獣が本気で獲物を仕留めるために闇に紛れたら、 その気配を探ることは難しい。 人間は自然の中では、あまりにも無力だ。 どこから襲い掛かってくるのかわからないプレッシャーに、龍一の体力が急激に奪われていった。 ザワリ 闇の中をわずかな気配が横切り、龍一は盲撃ちでベレッタを撃った。 しかし、森の中を縦横無尽に動き回る獣に、銃など通用するわけもなく、 お返しとばかりに湧き上がった殺気に、 龍一はとっさに腕をあげて、顔と喉を庇う。 神速の反射神経が、龍一の命を救った。 まさにその瞬間、獣が飛び込んできて、龍一がかざしたベレッタに牙を立てたのだ。 「グフーッ、グフーッ」 ベレッタに噛み付いた牙から、熱い涎がしたたり、荒く生臭い息が、龍一の顔にかかる。 全体重を乗せた獣の重みが、ジリジリと龍一の腕に攻め入ってくる。 龍一の右腕は、負傷している。 左肩も傷ついている。 長くは持たない。 龍一は体をずらし、獣の爪を脇に流して、自分は腹の下に滑り込んだ。 そこから、垂直に蹴り上げる。 急所でもある腹に激しい蹴りを喰らって、獣は吹っ飛んだ。
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