3 母

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獣は森の前まで吹っ飛び、そこで体勢を立て直した。 グルル と低く唸り、龍一を睨みつける。 そして口を動かした。 「……ナゼ、撃、タナイ?」 龍一は驚かなかった。 狙いをつけていたベレッタの銃口を、刺激しないように、ゆっくりと下ろした。 「お前からは、敵意を感じない」 だから龍一は、獣が至近距離に迫っても、致命傷を与えなかった。 獣がベレッタに牙を立てた時、少し腕を捻って口の中に銃弾を発射すれば、事はすでに終わっていたはずだ。 だが、獣は本当に龍一の命を奪おうとしているのか。 獣の中に葛原がいて、葛原の意思が獣の体を操っているのか。 どうしても確信が持てなかった。 龍一はこれまで、何人もの人間をその手にかけた。 殺してきた。 過去に与えられた仕事の最中に、こんなに、ためらったことはない。 たかが、獣の命ひとつだ。 確かにミャーは、美百合が可愛がっていた猫だが、美百合の身を危険に陥れた相手を始末するのに、どうして迷うのか。 一体何が、龍一の指にストッパーをかけるのか、 自分でも理解できなかった。 だから、龍一は尋ねる。 「お前は、誰なんだ?」 獣は、苛立ったように、また飛んだ。 龍一は頭を下げてかわしたが、龍一を飛び越した獣は、口を開き、 「カァー」 白い霧状のものを吐きだした。 龍一は、とっさに腕で鼻と口を覆うが、右腕があがらない。 右手のベレッタが、石のように重くなって動かない。 愛銃が龍一の邪魔をするだなんて、初めてだった。 息を止めたが、霧は龍一の隙間から侵入し、頭の中を乳白色に染める。 「……し、まった」 龍一は地面に膝をついた。
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