47人が本棚に入れています
本棚に追加
獣は森の前まで吹っ飛び、そこで体勢を立て直した。
グルル
と低く唸り、龍一を睨みつける。
そして口を動かした。
「……ナゼ、撃、タナイ?」
龍一は驚かなかった。
狙いをつけていたベレッタの銃口を、刺激しないように、ゆっくりと下ろした。
「お前からは、敵意を感じない」
だから龍一は、獣が至近距離に迫っても、致命傷を与えなかった。
獣がベレッタに牙を立てた時、少し腕を捻って口の中に銃弾を発射すれば、事はすでに終わっていたはずだ。
だが、獣は本当に龍一の命を奪おうとしているのか。
獣の中に葛原がいて、葛原の意思が獣の体を操っているのか。
どうしても確信が持てなかった。
龍一はこれまで、何人もの人間をその手にかけた。
殺してきた。
過去に与えられた仕事の最中に、こんなに、ためらったことはない。
たかが、獣の命ひとつだ。
確かにミャーは、美百合が可愛がっていた猫だが、美百合の身を危険に陥れた相手を始末するのに、どうして迷うのか。
一体何が、龍一の指にストッパーをかけるのか、
自分でも理解できなかった。
だから、龍一は尋ねる。
「お前は、誰なんだ?」
獣は、苛立ったように、また飛んだ。
龍一は頭を下げてかわしたが、龍一を飛び越した獣は、口を開き、
「カァー」
白い霧状のものを吐きだした。
龍一は、とっさに腕で鼻と口を覆うが、右腕があがらない。
右手のベレッタが、石のように重くなって動かない。
愛銃が龍一の邪魔をするだなんて、初めてだった。
息を止めたが、霧は龍一の隙間から侵入し、頭の中を乳白色に染める。
「……し、まった」
龍一は地面に膝をついた。
最初のコメントを投稿しよう!