47人が本棚に入れています
本棚に追加
子どもは苦しげに自分の体を抱いて、その場に片膝をついた。
「早くしないと、逃げられる」
クッと呻いて、眉をしかめる。
葛原が美百合の中にいた時と同じだ。
葛原は、今は子どもの中にいて、そこから攻撃を仕掛けてきている。
龍一は、
「お前が犠牲になることはない」
いつの間にか、子どもに向かって歩を進めていた。
「それは俺の罪だ。だからこっちに寄こせ」
だが、
「ダメだよ」
子どもは顔をあげて、強く龍一を睨みつけた。
「あなたは強すぎる。こいつは入れないんだ」
だから、弱い方が狙われた、
子どもは悔しそうに唇を噛む。
子どもはよろよろと立ち上がり、そしてベンチの脇に立った。
背もたれに寄りかかり、まるで宝物に触れるように、シートの部分に手を置いた。
「いつも見てた。もう、泣かせたくはないんだ」
そこを見下ろして愛しげに言う仕草に、見覚えがあった。
誰に向けている言葉なのか、龍一にはわかった。
帰りが遅い美百合を心配して、龍一も何度もこの山に登っている。
しかし結局、美百合に声をかけることが出来ずに、
家に向かって歩き出すのを見届けてから、子どもと同じ仕草でベンチに触れていた。
ただ見守ることしか出来ない自分が歯がゆくて、
いつも、子どもと同じことを願っていた。
『泣かせたくない』
と。
最初のコメントを投稿しよう!