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美百合が裏山に通うようになったのは、美百合の体に宿った子どもを、流産した後だ。
事実を聞かされて初めて妊娠を知ったような、美百合にも自覚のない時期だった。
美百合はそれから、この場所でひとりの時間を過ごすようになった。
どれだけ心を通わせようとも、男と女の間には溝がある。
美百合の受けた傷を、龍一が違いなく分かってやれるはずもなく、不用意な発言で美百合を傷つけたことさえある。
だからそれは、龍一が触れてはいけない、最大のタブー。
「お前は……」
子どもに尋ねようとして、言葉を探せずに、龍一は息を飲んだ。
「ボクは現世の存在じゃない。わかるでしょう」
子どもはベンチから顔をあげた。
「あいつはボクの中でもがいている。今度逃がしたら、次こそ殺される」
腹立たしげに眉をしかめる。
点滅信号のように子どもの姿が見え隠れし始めたのは、葛原を押さえこむ力が限界なのだろうか。
「さっきあなたと戦った。そこでボクが負けたんだ」
子どもは、龍一を振り仰いで、
「本当なら、ボクは二度撃たれてた」
こことここにね、と自分の口と胸を指差す。
「悔しいけれど、まだあなたの方が強い。だからこの役目を引き受けるのは、ボクだ」
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