434人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ
契機
社会人になっても声のことを気にしない生活を送っていた。
気にしないというより、声のこと自体すっかり忘れていた。
職場環境もよく上司の岩井部長は若手社員に好かれ、部署内での人間関係は恵まれていた。
岩井部長が誰にでも優しいのは、お子さんに知的障害があるからと聞いたことがあるが、詳しいことはわからなかった。
同期入社で同じ部署にいるのは、僕を含めて4人だったがみな仲がよく、仕事帰りに一緒に飲みに行くことも多かった。
大学が同じ津田健二とは、とくに仲がよかった。
大学のころはゼミも違ったので、お互い知らなかったが入社後に同じ大学で共通の友達がいることもわかり親しくなった。
社会人1年目は、とにかく仕事を覚えることで必死だった。
人生でこれほど毎日がアッという間に過ぎた記憶がなかった。
仕事が面白いとは思わなかったが、覚えることが多くいくら時間があっても足りなかった。
そのせいか、社会人になって半年もしないうちに彼女とも別れた。
彼女は地元のアパレルメーカーに就職し、時間も不規則になったためほとんど会うことができなかった。
毎日のLINEや電話も日に日に回数が減り、お互いに納得しての別れだった。
いまでは一切連絡も取らなくなっているので、お互いになにをしているのか、まったくわからない。
彼女と別れたことで、同期の斎藤篤史がやたらと合コンに誘ってくるようになった。
斎藤なりに気を使ってくれているんだろうが、斎藤と飲みに行くと次の日の仕事に支障が出るくらい飲むことが多く、できるだけ休みの前日に誘ってもらうようにした。
同期の黒木優子は洋酒が大好きで、飲みに行くと赤ワインから始まってウィスキーをチビチビ飲んでから、最後にまた赤ワインを飲むのがパターンになっていた。
自分では気にしていなかったが、社会人になってからの酒量は、周りの人たちが驚くほど増えていた。
大学生のころは、ビールばかり飲んでいて、他の酒にはまったく興味がなかったしワインを美味しいと思ったことがなかった。
今ではビール以外にも焼酎や日本酒を飲むようになった。
最初のコメントを投稿しよう!