《一つ目の暇潰し》親父の味

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             〈一〉 「ロールキャベツ?」 「そう“ろーるきゃべつ”」  そう言って美奈子は大きく首を縦に振り、瞳を輝かせた。美奈子の左手は僕のエプロンを掴んだまま離そうとはしない。台所の入り口にいる妻の知沙に助けを求めるがコーヒー片手に苦笑してリビングへと戻って行ってしまう。残ったのは、僕と美奈子だけ。 「どうしても?」 「どうしても!」  質問を復唱するように答えると美奈子は左手の握る力を少し強めた。その幼い手は大きさも力もそこまであるわけではないのに決してほどけぬように感じてこちらが折れるしかないことを悟った。 「うん、わかった。じゃあ、ちょっとだけ待っていてね。すぐに作るから」 「わーい! おかあさん、おとうさん“ろーるきゃべつ”作ってくれるってー」  すたたた、と妻がいるリビングに駆けていく娘を見てほほを緩むのがわかる。やはりうちの娘が一番かわいい。もしもこれが親バカというなら全国にいる親たちは皆親バカなのだろう。  さて、と冷蔵庫の中身を確認する。なんとなくそんな気がしていたがキャベツがない。ロールキャベツとまで言うのだから当然キャベツを食材として使わないと名前詐欺である。ここから近くの八百屋さんはいつまでやっていたか。 「ちょっと出かけてくるね」  はーい、という元気な声と、いってらっしゃーい、と少しからかうような声を背に家を出た。              〈二〉 「やー、けーちゃん。久しぶりだね。今日は何を買っていくかい?」 「けーちゃんはよしてくれよ。キャベツはあるかい」  八百屋の源さんはあいよ、と嬉しそうな声を出しながら店の奥にあるキャベツの籠から一つのキャベツを持ってくる。なるべく良いキャベツを提供しようとしてくれたのか、そのキャベツは見るからに瑞々しく、メロンのような色をしているもので素人目からも、何か良いものだろう、ぐらいの感想は出せそうなものだった。 「こんなにおいしそうなの、いいのかい」 「なに、けーちゃんのことだ。ロールキャベツにでもするんだろう。親父さんみたいに遠慮するんじゃないよ」  その言葉に、怯む。  親父。それは僕の親を指しているんだろう。
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