《一つ目の暇潰し》親父の味

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 雛形雄二郎。  何の仕事をしていたかは知らないが毎日のように働いていた人。そして一人で死んでいった人。過労死だった。  僕の母は僕を産んで死んだ。体が衰弱しきっていたらしい。僕は望まれずして生まれた。  母の両親、つまりは母方の祖母と祖父はこの出産を反対していたらしく、強引に出産をしたと言って病院側を訴えたり、雄二郎を訴えたりしたらしいが、これは母が望んだことであるということが証明されてすぐ黙り込んだらしい。それ以来音沙汰なしだったが、先日認知症になったと聞いて祖父に会いに行った。出会い頭に「お前が死ねばよかったのに」と言われたのを今でも覚えている。  雄二郎は寡黙で、厳格な男だった。雄二郎の息子として過ごした自分が言うのだから確かだろう。自分の仕事に誇りを持ち、妥協は一切せず、誰よりも自分に厳しかった。雄二郎と一緒に入れたのは朝ご飯まで。それ以降は、雄二郎は仕事に行ってしまい、次に会うのは朝、日が昇った後だった。  僕の誕生日の日だった。何を思い立ったのかその日の朝は雄二郎がもう仕事に行っていた。そんなことは始めてだったので、とても驚いたが、寧ろそれだけだった。特に感慨もなく、泣こうともしなかった。でも、なんとなく親父にムカついた。今まで初めてだった感情だったのであの時はわからなかったが、確かにあのとき、僕はムカついていた。復讐とは違ったのだろう。何でだったかはわからないが意地だったのだろう。帰ってきて誕生日おめでとう、と言わせようと必死に親父が帰ってくるまで起きていようとした。  冷たい地面と驚いたような太い声で目が開いた。子供の体力ではやはり遅くに帰ってくる親父が帰ってくるまでに起きるのは無理だった。いつの間にか寝ていたようだった。体を起こすとここは玄関だと気付いて、玄関で呆然と立っているのは親父だと分かった。  待っていたのか、と呟いた親父は見るからに疲れ果てていて今にも倒れそうに見えた。  ここで待ってろ、と告げると僕を円卓へ待たせていつの間にか持っていたビニール袋を片手に台所へ向かった。しばらく親父は満身創痍の体を引きづり回して何かを作っているかのようだった。しばらくして、親父は一つのお皿を持ってきた。中には緑の奇妙なものに包まれた茶色い何かがあった。漠然とそれから発せられる匂いに魅せられた。  一口、食べた。
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