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わけが分からなかった。唯一わかったのはそれがとてもおいしく、それを親父が作ってくれたものだということだった。そのままお誕生日おめでとう、と親父に言われて何故だか、涙が出た。おいしくて、おいしくて、食べるのが止まらなくて、でも、おいしいというのはなんか癪で。それを眺めていた厳格な親父が微笑んでいるのが気に入らなくて。おいしくない、と言った。こっちの気持ちがわかっているようにそれを聞いている親父は笑っていた。
後悔といえば、その一言だけ。
おいしいと言えなかった、その一言。
翌日、いつも通りに出かけた親父を見送った僕は次に親父とは病院で会う。
冷たくなって。笑わなくなって。
〈三〉
「おいしいかい?」
「うん、とってもおいしい!」
にこにこと笑う美奈子は口の端にケチャップをつけながら口を動かす。その言葉にはくだらないプライドなどない素直な感想だった。美奈子の隣に座っている知沙もこの味が気に入ってくれているらしく口元を綻ばせている。
僕は今、レストランで調理している。あの時、料理を食べたときに感じたものを皆に伝えたくて料理人の道に進んだ。今ではその仕事場で出会った彼女と結婚して幸せな家庭を築いている。そういえば、彼女に初めて出した料理もロールキャベツだったか。
「不思議よね。貴方のロールキャベツって故郷を思い出すのよね」
不意にそんなことを知沙が呟いた。
「これがお袋の味ってやつかしら」
「いや、どっちかというとこれは、」
そう、これは
「親父の味、かな」
なにそれ、と知沙は笑う。一軒家から賑やか声が聞こえ、夜はふけていった。
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