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品川署を後にした佐伯はタクシーに乗り込み行先を告げる。徐々にスピードを上げながら流れる景色には、電飾をまとった街路樹が続いていた。 恋人たち、家族たち、街並みさえも、1年の締めくくりにある特別な日を待ち遠しく感じているようだ。これから向かう先にいる家族にも、数日後にはそんな思い出が待っていたはずだろう。画面にあった家族の笑顔に、かつて幼かった自分の笑顔が重なり始める。ツリーを飾り、ケーキを食べ、プレゼントを手に取る…ささやかで平凡な幸せがそこにはあった。 その中にふと、自分の傍で同じように笑顔を浮かべる幼い影がよぎる。反射的に瞳を固く閉ざし、その笑顔を突き放す佐伯は、頭にノイズが走るのを感じながら、ただひたすら景色が止まるのを待っていた。 辿りついた目的地には、すでに多くのマスコミが詰めかけていた。向けられたレンズの先には『上島圭一郎通夜会場』と書かれた看板が立て掛けられている。一体どこから湧いてくるのか、冷ややかな眼差しを向けながら中へ入るとすぐに、祭壇のふもとで佇む少年の姿を見つけた。 じっと父の遺影を見上げるその顔に、あの時画面で浮かべていた笑顔はない。しかし悲しみをむせ返らせることもなく、黒く染められた額縁の中で笑う父の顔をその瞳で受け止めていた。 「お母さん、いるかな。」 少年と目が合う。彼が何を思っているのか、その瞳からは計り知れなかった。腰を落として少年と向き合い、自分の苗字とお母さんと少し話がしたいことを伝えた。 「…おじさんは、いい人ですか。」 まだあどけなさが残るが、芯の通った声をしている。 「そうだな…少なくとも、君たちを守りたいと思ってるよ。」 少年は佐伯を見定めるように眺め続けた後、母親のいる方へ腕を伸ばした。 「ありがとう。君の名前は?」 「…上島友一。」 「友一か、良い名前だ。これからよろしくね。」 その言葉に頷く友一を見届け、佐伯は示された方向へ歩き出す。
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