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新年を迎えて間もなく、東京地方裁判所は早速の慌ただしさを迎えていた。 周辺はメディア関係者や整理券を受け取る事ができなかった人で溢れかえり、その人混みは法廷内でも同様だ。 柵の向こう側に男が現れると、傍聴席のざわつきが一瞬静まりかえる。 男は一斉に向けられた視線を気にすることなく、ゆっくりと検察官席に着席した。 それを見届けた群衆はまた元のざわつきを見せはじめ、その静けさと視線は数分後にやってきた弁護人席に座る男にも向けられる。 溜息をもらしながら席に着いた弁護人は対峙する検察官に目をやるが、検察官は弁護人の存在など気にするそぶりも見せない。ただ手元の資料にじっと目を落としていた。 法廷内にもう一つの影が降り立つ。その瞬間、今度こそぶり返すことのない静けさが辺りを包んだ。 女性刑務官と共に現れた女は、拘留された疲れもなく、じっと前を向いて無表情だった。歩みを進め、席に到着し、後ろ手に拘束されていた手錠を外されてもなお、その表情は一切の変化を見せることはない。 被告人が着席すると、最奥の扉から裁判官と裁判員が姿を見せた。その場にいた全員が立ち上がり、彼らの動きが止まるのを待つ。一様に黒い衣装を身に付けた裁判官とは対照的に、様々な服を着た裁判員はいづれも緊張した面持ちで指定された席へと体を動かしていく。 裁判員裁判という体裁もまた、この事件の重大性を物語っていた。 「定刻となりましたので、開廷いたします。被告人は証言台へ。」 全員の着席を見届け、裁判長が口を開く。被告人と呼ばれた女が証言台へと歩を進めた。 「ただ今より、人定質問を行います。本件の被告人には当てはまらない質問ですが、現在の法律上定められている質問ですので実施します。」 いつもと異なる事態に、裁判長も言葉を選んでいた。 「氏名は。」 「ありません。製造番号はAZ-002です。」 「本籍は。」 「ありません。製造者はサテライト株式会社です。」 「住所は。」 「ありません。サテライト社の施設に保管されています。」 「生年月日は。」 「ありません。製造年は20XX年12月25日です。」 「職業は。」 「ありません。私は、人工知能です。」 ――こうして、法曹史上初の裁判は幕を開けた。
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