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「……は?」
いない。男の姿がどこにもない。岩場には、大の男がかがみこんで隠れらる場所などない。
「おい!あいつどこ行ったんだよ!?」
黒い竿が、ポツンと岩場に置かれている。リールも巻き上げられていない。
「おいっ!おーい!」
「ふざけんなよ!どこ行ったんだよ、マジで!?」
「まさか落ちたんじゃねぇか!」
「音しなかったじゃねぇかよ!」
青い竿の男が、恐る恐る水面に目をやったが、視界に染まったのは黒い水面だけ。波紋も気泡も何もない、真っ黒い水面だけ。
魚籠の小アジが、ピチャピチャと立てる音だけが、一瞬場を支配した。
赤い竿の男の表情が、みるみる歪んでいく。
「何だよマジで……ここ心霊スポットなのかよ……」
「そんな噂、聞いたことねぇけど」
「じゃああいつどこ行ったんだよ!?トイレか?足音も立てずに、何の断りもなしに!」
絶叫、そして沈黙。「……か」赤い竿の男が、弱々しく洩らす。
「帰る……」
「……あぁ」
青い竿は自前のだ。愛用している。その為、竿を回収しようと赤い竿の男に背を向けた。
瞬間、気配が消えた。慌てて振り向いたが、いない。
「おい!おいっ!」
呼びかける声が、空しく響く。一人消えて、二人消えた。残りは、自分だけ。
ガタ、ガタガタガタ、と身体中が震えだす。もういい。もう、竿は諦めよう。
震える体を叱咤して、一歩足を進めようとした瞬間、男は理解してしまった。二人がいなくなった理由を。
自分の体に、無数の腕が、まとわりついている。あぁ、盆の時期に来るんじゃなかった。
「う──」
悲鳴を上げる間もなく、体が浮いた。
─そして、誰もいなくなった。
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