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ほー、ほー、ほーたるこい…
…あの歌はなんでしょう。
人間、という生き物が歌うのです。
川のほとりに、一輪の花が咲いていました。白い花びらは、眩いくらいに白く清らかに、陽に手を伸ばしています。その中心にある薄黄色の顔は少し照れたように見え、どこか心ここにあらず、という面持ちです。
「おはよう、花さん。今日もあの方を見ているの?」蝶が話しかけました。
「ええ、あの方はいつも美しいんですもの…」
川を越え、小さな道を挟み、レンガの道の少し先、小さな家があります。その窓際に、深紅色の美しい花が、一輪差してあります。
「不思議なの。私は夜が来ると、力が無くなってしぼんでしまうのに、あの方はずっと美しいの…」
蝶はくるくると口を巻くと、
「ふうん…それは、恋というものね。たまに私も、美しいハネの方に見とれてしまうわ。でも、自分のハネの方がずっと綺麗」
とうっとり自分のハネを見つめました。
「恋…」花は思いました。あの方をもっと近くで見たい、と。けれど茎はしっかり地に根を張っています。
私は、花…。花は自分では動けないの。
「一度、ここから動いてみたいわ…。どれだけ楽しいでしょうね」
「そうねぇ。私のようハネがあればねぇ…。ではごきげんよう」蝶はくるくると舞いながら、飛んでいってしまいました。
「私はいいものを知っていますよ」
そばにいた蛍が、話しかけました。
「いいものですか?なんでしょう?」
「あるところで、とても甘い蜜が湧き出ていたんです。それを飲むと、夢、というものを見れるらしいですよ。夢では、望むものになれるようです。よろしければ、花さんに持ってきましょうか?」
蛍は葉っぱにくっつきながら、ゆらゆら揺れながら、話します。
「夢とは、どんなものでしょう?ここから動けるの?見てみたいわ。ぜひお願いします」
「わかりました、ちょっと待ってくださいね」
黄昏がせまるころ、蛍は小さな足に蜜をつけて戻ってきました。
「さあ、この蜜をお飲みなさい」
「ありがとう!まあ、とても甘くて美味しい…。蛍さんは、飲まないの?」
「私たち蛍には、飲む器官がないのですよ。私は今から、命をかけて光らなくてはなりません」蛍は少し寂しそうに言いました。
「命?命とはなんでしょう?」花は先程の蜜の余韻に酔っています。
「花さんは、自分の命も知らないのですか…。…良い夢を」
花は深い眠りに堕ちました。
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