季節はずれの蛍

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「ねえ、佐藤君、この辺ではまだ、蛍は見れるの?」 不意に井沢君に問われ、僕は首を横に振った。 「川岸も整備されちゃったからね。河川敷もコンクリートで固められたら、蛍もぱったりといなくなったよ。」 僕がそう言うと、井沢君は寂しそうに笑い 「そっか。」 と呟いた。 「ねえ、井沢君、今夜、時間あるかな。」 僕が尋ねると、井沢君は僕の顔を見上げた。 「え?別に予定はないけど。」 「君に、見せたいものがあるんだ。」 「え?」 「今度は、僕が君を秘密の場所に案内するよ。」 僕はその夜、窮屈な軽トラックに井沢君を乗せ山道をひたすら登った。 そして、頂上の駐車場に着いた。 トラックを降りると、山頂の冷たい風が頬を撫ぜて心地よかった。 「わぁっ!」 最初に驚きの声をあげたのは井沢君だ。 そこには満点の星が降り注いでいた。 「星ってこんなにたくさんあったっけ?」 井沢君はいたずらっぽく笑った。 「ここに寝転がってみなよ。」 僕はトラックの荷台に自ら横たわって、横に来るように井沢君を誘った。 「うん。」 井沢君は、僕の隣に寝転がる。 ひんやりとしたトラックの荷台が背中に心地良い。 「あっ!」 井沢君が声をあげた。 「流れ星。今日は流星群の日って知ってた?」 「一つ、大きなのが流れたね。」 「もっとたくさん流れるよ。あの時の蛍みたいだろ?」 井沢君が僕の顔を一瞬見たので、僕も見つめ返した。 「なんで黙って行っちゃったの?」 僕はつい口からそんな言葉出てしまった。 一瞬井沢君は、黙ってしまったが、また星のほうに目を移すと答えた。 「寂しくなっちゃうから。さよならって言うと、もう二度と会えない気がするだろう?」 「僕は寂しかった。君と二学期からも一緒に遊べると思ってたから。」 「ごめんね。僕は人付き合いが下手なんだ。もしも、君が僕のことを、友達だなんて思ってなかったら、って思ったら怖くなった。」 そんなこと、思うわけないじゃん。 「でも、嬉しかった。君が友達だと思っててくれて。ありがとう。」 星が二つ流れた。 優しい光の帯はゆっくりと空を渡り、暗闇に溶けて行った。 季節はずれの蛍のように。
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