第11章

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林権助は砲声を聞くやいなや大砲を引っ張り薩摩の陣地目掛け発砲、陣地に撃ち込んだ。 だが砲を潰すことは出来なかったようだ。 しかしおおいに動揺はさせただろう。 これに釣られて浮き足立ったように新撰組の隊士らが大勢駆け出そうとしたが土方が押し止めた。 「そんなに早ることもない これから始まるのは一生に一度どころか何度生まれ変わっても訪れることのない戦さよ 首途の酒を汲んでから挑もうじゃないか」 そういうと酒樽の鏡を抜いた。 柄杓を回し酒を飲んだ。 永倉や原田は酒が好きだから余計に飲んだ。 全員にわたらぬうちに今度は薩摩からの砲弾が屋根や庇に当たり始める。 やはり動揺が広がろうとしたがこれも土方は落ち着かせた。 「これだけの砲弾でなんになる 丁度いい、酒の肴か余興と思いたまえ さぁ、飲め」 鎮めて全員が終わるまで待たせた。 「二番隊、前へ進め」 パリッとした声が通る。 二番隊の組長は永倉新八。 それに精鋭十八名が続く。 目の前には塀がある、それを乗り越え路上に飛び出していった。 ぴしっ、ぴしっと音が鳴る。 小銃の弾が叩く音だ。 二番隊がみんな出て行くと土方も続けて塀に登り、その屋根瓦へ座り込んだ。 待機している隊士らは驚いた。 驚き土方を引き摺り下ろそうとさえした。 「あんた何やってんだ、的になる気かよ」 原田は土方にそういうと腰帯を掴んで降ろそうとする。 「あんたまで弾に当っちゃ新撰組はどうなる、死ぬつもりかよ」 「左之助、あいつらも」 そういって今も駆けている二番隊を視線で指した。 「この弾の雨の中にいる 行けと命じた俺が塀の影で震えているわけにもいかないのだ」 「…チッ」 こういうことを言うと決して動かぬ。 勝手にしろと原田も帯から手を離した。 この姿をみて待機している隊士はどうだろう、きっとこの大将のために働こうと思うだろう。 今死地にいる二番隊も士気を上げ働くだろう。 武士、というより将には見栄が必要なのだ。 それに当たる事はない、という勘があった。 虚栄であれば偶然うまくいくこともある、勿論いかないこともある。 だが説明の出来ないこんな自信がある時は上手くいくのだ。 それは今までの土方の生き方が肯定してくれている。 そばの瓦が割れた。 だが土方は表情を変えない。 「土方さんは鉄砲の弾にも嫌われているんですね、当たりやしない」 沖田が見ればそう笑っただろう。
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