第1章

11/31
前へ
/31ページ
次へ
 それ故に、人間が武器に毒を塗るという行為、それは自らの非力さは修練によって補うことができることを知っているにも関わらず、毒という安易な方法で力を得るという、下級の魔物と同等にまで自らの精神を堕とし入れた証明でもある。  エリスは改めて怒りに満ちた視線を盗賊に投げかけた。正確には盗賊にではない。盗賊の胸の奥に潜む腐り果てた心に向かって。  もう、迷いはない。全力で叩き伏せてやる。  剣を握りなおし、腰を落とした。いつでも動き出せるように。 「……来なさい、相手をしてあげるよ」  その言葉を、挑発の言葉として受け取ったのか、盗賊は全速力で突進してきた。  眼前に盗賊の短剣が迫る。エリスは、その短剣の動きを冷静に観察する。  たとえ武器を扱う者の威勢が如何によくとも、最終的に相手に手傷を負わせるのは、拳であり武器であるのだ。  故にその一点に集中し、それを剣で薙ぎ払うか、盾で受け止めるか、体ごと移動させて攻撃そのものを避けるかを瞬時に判断し、即行動に移すこと。  これがレヴィンやエリス達が騎士の道を志す時、戦いの基本として、徹底的に叩き込まれる防御術の基礎である。  しかし、エリスは追跡行の妨げになるという事情から、盾を自分の部屋に置いてきてしまっている。また、ここは狭い路地である。体術で攻撃を避けるにも限界はある。  それを瞬時に判断した彼女は剣による防御を選択した。  悪意の液体が滴る短剣に狙いを定め、躊躇なく剣を振り下ろす。  うまく武器を払い落とすことが出来れば、唯一の武器を失った賊の戦意が喪失するのは必然。そうなれば捕縛するのも容易い。そう思い、意識を自らの太刀筋へと集中させる。  次の瞬間、金属と金属が打ち鳴らす甲高い音が鳴り響き、短剣が地面の石畳の隙間に突き刺さった。  うまくいった。一瞬、エリスの心を歓喜に支配された。  しかし、歓喜とは時と場合によっては心の緩みを生み、そして、その心の一瞬の緩みが大きな失敗を招く。そのことを、彼女は身をもって知る事となる。  賊は、唯一の武器を叩き落されたことに一切怯むことなく、逃げ道を確保せんと、渾身の力を込め、その体を衝突させてきたのだ。 「しまった!」  その全力の体当たりを受け、エリスは無様にも尻餅をついてしまったのだ。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加