第1章

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 エリスが身につけている鎧は、騎士団から支給される女性向きの鎧で、肩当てと胸当てが一体になった胴鎧、篭手と脛当てのみで構成されており、男性向きのそれと比べ、少々軽く造られている。  このように、不安定な体勢で強い衝撃を受けたら、簡単に転倒してしまう。男性用の鎧のように、鎧そのものの重量が味方になってはくれないのだ。 「しまった!」  エリスの顔に後悔の表情が浮かぶ。背後に派手に泥が跳ねた音が聞こえた。恐らく男も体勢を崩して転んだのだろう。  盗賊が急いで体勢を立て直して、逃亡を図ろうとしているのはわかっていた。  絶対に逃がしてはならない。 「レヴィン!」  そういう思いを込め、エリスは自分の後ろに控えているはずの相棒の名を声の限り叫んだ。  刹那、大きな雷鳴が轟き、その声を掻き消した。  レヴィンはエリスの背後、十歩ほど離れた位置から、必死に逃亡を図ろうとしている盗賊の姿を冷静に眺めていた。  すでに抜き身となっていた剣を下段に構え、腰を落とす。  レヴィンの剣は両手持ちの大剣。切っ先から柄の部分まで含めると、その長さは、成人男性の足から首のあたりまでに達する。重厚な鎧で守られていない限り、一振りで命もろとも掻き消されてしまいかねない大剣。構えるだけでも、相手に与える威圧感は相当なものともいえる。  無論、このような大きさの剣など、並大抵の筋力の持ち主で扱える代物ではない。ましてや、重い男性用の鎧を身に纏った上ならば、尚更である。  そして、レヴィンの肉体も、どちらかと言えば細身なほうに分類される。決して戦士として恵まれた体躯とはいえない。  しかし、彼は生来の身体能力に加え、徹底的な訓練と独自の食事管理のもと、このような大剣を扱えるほどにまで、己の肉体を鍛え抜いてきたのだ。この重厚な鎧の下には、無駄な肉がどこにも見当たらぬ理想的な肉体が存在している。それが何よりの証であった。  大剣を、今一度力強く握り締める。  渾身の体当たりで立ち塞がるエリスに尻餅をつかせたときに、崩れた体勢を慌てて立て直した盗賊と目が合った。  再度逃亡を図ろうと、盗賊は新たな一歩を踏み出す。半呼吸遅れ、レヴィンも左足を一歩踏み出した。  胸の奥より気合の声を張り上げ、下段から剣を繰り出す。盗賊を捕らえんと地面を這い、太く重い音を立てる唸る剣の威圧は、まるで獲物を捕獲せんと襲いかかる荒鷲の如く。
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