第1章

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 レヴィンは、そう自分に言い聞かせ、怒りに煮えたぎる心を冷やした。これは、事実上の死罪だ。だから、これが最善の行動なのだ、と。 「大丈夫か?」  戦いの興奮から冷め、我に返ったレヴィンは、まだ尻餅をついた格好のままの相棒に声をかけた。 「……ありがとう」  自分の失敗を補ってくれたレヴィンへの感謝の気持ちはあった。  だが、それ以上に挑発した相手に思わぬ不覚を取ってしまったことに対する羞恥。そして何よりも、手柄を攫われたことに対する悔しさのほうが遥かに勝っていた。  だから、礼の言葉を口にしたが、エリスはレヴィンに顔を向けることは出来なかった。  <3>  暖かい暖炉が、雨で冷えた二人の騎士の体を癒す。  捕らえた盗賊たちを引き渡したところで、その日の任務を無事に終えたレヴィン。晴れて自由の身となったのも束の間、即座にエリスに首根を掴まれた。  嫌々ながらも酒場に連れて行かれ、今日の失敗の愚痴を朝まで延々と聞かされる羽目になること、断っても無駄だということは、この長い付き合いで重々承知のこと。  こうして、レヴィンとエリスの二人は、騎士達の宿舎がある界隈の高台に位置し、周囲を一望できる景観に定評がある酒場の奥、一番暖炉の近くにあるテーブルに陣取り、酒を酌み交わしていた。 「だから、なんであんたは、そうやっていつも、美味しいところだけもっていくのよ!」  無愛想に差し出されたグラスに酒を注ぐ。  愚痴はまだまだ終わりそうにない。慣れたこととはいえ、レヴィンは気が滅入っていた。  だから、エリスの愚痴には適度に相槌を打つ程度にし、延々と酌をする役目に徹する。普段は鬱陶しい雷の音や、屋根を打つ激しい雨音が、時折彼女の声を遮る。それが今のレヴィンには都合がよかった。 「まぁ、今日の事は飲んで忘れろ。お前が尻餅をついたことなんて、報告したりなんかしないからさ」 「……うるさいなぁ。昔は本ばっかり読んで、碌に剣も使えなかった癖に」  悪態をつく。酒が相当回ってきたときに出る、彼女の悪い癖。 「はいはい」  いつの間に飲み干したのか、再び無愛想に差し出された空のグラスに、再び酒を注ぐ。  この一杯を最後にどうか酔いつぶれてくれるように、と願いながら。 『本ばかり読んでいて……か』  注がれた酒をちびちびと飲んでいるエリスを、ぼんやりと眺めながら、レヴィンは彼女の言葉を心の中で反芻していた。
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