第1章

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 そして、この手の人間は、このように親の権威という絶対なる盾、硬固なる甲冑を剥ぎ取り、自らが自らの足で責任ある行動を強要されたとき、その脆弱な本性を露にするというもの。  学者の家に生まれ、論客と言われる猛者たちと、時と場所問わず議論を交わしていた父の背中を見て育ったレヴィンにとって、この程度の口喧嘩に勝つことなど容易であった。  こうなれば、完全に窮地に追いやられた、この男児がとる行動は一つ。 「や、やめろぉ!」  レヴィンの頬を、熱いものが打った。渾身の拳による、体重に乗せた一撃は、身体の小さく、体重の軽いレヴィンを吹き飛ばすのに余りある威力をもっていた。  痛みに耐えながらも、レヴィンは心の奥底で笑っていた。これで、あの気に食わない連中相手に暴れることが出来る。その大義名分を得たのだから。  ──さぁ、勢い良く立ち上がって、殴りかかってやろう。  そう思い、立ち上がろうとした矢先、不意に声がかけられた。 「……大丈夫?」壁にもたれかかっていた少女だった。 「大丈夫。むしろ、これでやっとあの豚どもを相手に暴れる理由ができて都合が良かったくらいだ──普段から俺の神経を散々逆撫でして下さった高飛車な貴族のご子息のお歴々を相手に、な」  痛みに耐えながら起き上がるレヴィンの姿を見た少女は、少しだけ視線を落とす。  そして、数瞬の間の後、彼女は口を開いた。 「……そう、偶然ね。私も、丁度同じこと考えていた」  そう言い、再び顔を上げた少女の目には怒りの炎が宿っていた。 「今まで父の立場の為と自重してきたけど、見ず知らずの貴方を巻き込んでしまった以上、黙っている訳にはいかない。騎士の娘として、目の前で自分を庇ってくれている人が殴られた以上、見過す事なんて出来ないわ」  一瞬、少女のその反応がレヴィンにとって意外なものに見えた。  視線を落としたのも、自分の代わりに殴られたレヴィンに対する、罪の意識からくるものだと思っていたからだ。  しかし、その実は違う。  彼女は騎士の娘。この反応こそが至極当然なものであったのだ。  誇りというものを踏みにじられた事を、自らの怒りに変える事が出来ること。これこそ、この娘に騎士の血が脈々と受け継がれている証。 「貴方には感謝しているわ」少女は会心の笑みを浮かべた。「こんな鬱積した気持ちを晴らすための契機を作ってくれた事を、ね」
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