第1章

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 そう言うや否や、その少女は肥えた男児のもとに駆け寄り、その顔面に渾身の鉄拳を見舞った瞬間、それは始まった。  部屋中の子供達全員を巻き込んだ阿鼻叫喚の大喧嘩。  男も女も、年長の者も幼き者も、高き身分の家の者も、そうでない者も、皆が皆、レヴィンと少女のもとへと殺到し、その髪や衣服などに掴みかかり、或いは拳で殴りつけ、或いは爪で引っ掻いた。  多勢に無勢かと思われた。  しかし、これらの群れに応戦するは、騎士の娘として生まれた誇り高き少女。そして学者の家に生まれながらも、歴戦の兵士達を手玉に取る体力と身体能力を持ったレヴィン。  幾ら数に任せようとも、喧嘩の経験すらないような肥えた豚の群れに後れを取る謂れはなく、かと言って、次々と襲いかかる彼らに対し、一切の手心は加える事はなかった。  ある女児は、少女より放たれた拳を顔面に受け、両の鼻の穴から血を噴き出して倒れ、またある男児はレヴィンの鋭い蹴りを鳩尾に受け、床に吐瀉物を撒き散らす。  また別の男児が少女の背後に忍び寄り、羽交い締めにするも、その股間を踵で思い切り蹴られ、そして、レヴィンに向かい一定の距離を保ちながらも罵声を浴びせ続ける女児らは、彼によって蹴り上げられた椅子が天井に届き、備えつけられた照明を破壊するという子供のものとは到底思えぬ脚力を見せつけられ、同時に、頭上の破砕音に驚いては、その戦意を瞬時に喪失していった。  勝負は最初から明らかであった。  暫く後、その部屋で満足に二本の足で立っていたのは、少女とレヴィンの二人だけだった。 「やるじゃない。レヴィン……と言ったわね?」  喧騒の後、少女は肩で息をしつつも笑っていた。心に貯まった鬱憤を一気に晴らした満面の笑み。 「ああ」 「本ばかり読んでいる学者の生まれの癖に、たいしたものよ。さすが城の兵士達を、身のこなし一つで翻弄するほどのことはあるわね」 「何故、それを知っている? そして、俺の名も」  レヴィンは素直に驚いた。このことを知っているのは自分と、自分を追いかける兵士達、そして図書館の司書だけのはずだったからだ。 「当然じゃない? だって、この城を警護している兵士は、みんな父さんの部下なのだから。レヴィン=クラルラット──国王の生誕日式典に必ず現れ、我が国の英知の結晶である図書館に秘められた知識を狙う大怪盗……って、専らの評判よ」
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