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首を失った人間の上半身や、切断された沢山の腕や下半身。そして、人間のものであろう内臓の類──多種多様の切断された人間の部位の数々。
それを鮮明に視認した途端、男の心に狂気が牙をむいた。狂気の正体は死への恐怖、生への渇望。
男は更に叫ばんと喉を振るわせる。先刻の必死さとは全く異質の、まるで狂気の色すら帯びた所作。
猿ぐつわが口元の肉に食い込み、布に滲んでいた赤色が、更に広がりを見せる。
その時、部屋の奥から大きな音が聞こえた。
錆びかけた鉄が擦れて、軋む音。──恐らく、この部屋の扉が何者かの手によって、開かれたのだろう。
その音を聞き、男の心を支配していた狂気は瞬時にして鳴りを潜め、同時に男は息を潜めた。
明らかな人の気配。そして、男のほうに近付く足音。複数の人間が発しているであろう、規則的であると同時に複雑な音の連続が鳴り響く。
音が止み、男の視界の中に、二人の男の姿が飛び込んできた。
一人は不自然なまでに頬のこけた男。首から下を灰褐色のローブに身を包んではいたが、その体型はかなり大きくがっしりしていた。
眼は常に見開かれており、その瞳には正気の欠片すら感じ取ることは出来なかった。
もう一人は、頬のこけた男と比べればかなり小柄に見える。同様の灰褐色のローブに身を包み、フードを深くかぶっていた。
その為、顔や表情の類は視認することは出来ない。
ローブの袖から見えるのは黒く焼け焦げ、爛れた両の手。そして、各々の手の先に握られているのは鋸と鉈。
男は、その酷い火傷に見覚えがあった。記憶の糸を必死に探る。
そして、程なく求めた答えへと辿りつく。
先刻、狂ったように暴れたお陰か、猿ぐつわが緩んでいた事を察した男は顔を捻り、口元より布を除けると、恐怖に震えながらも初めて声を発した。
「貴様は……」
しかし、火傷の男からは返答はない。右の手に握られた鋸が、松明の灯りに反射し、ぎらりと不気味な光を発していた。
その時、男の頭を閃光が駆け巡った──十日前だ。
十日前に、この男に会っている。
しかし、恐怖の所為か、狂気の所為か、記憶の糸が複雑に絡まり、前後の記憶を掘り起こす事は出来なかった。
男は、考えるのを諦めた──その時だった。
いつの間にか、傍らに近付いていた頬のこけた男の手により、急に頭を押さえつけられた。
「何を……」
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