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声を上げようとした瞬間、強引に手を押し当てられ、口を封じられる。
苦しい。呼吸すらままならぬ。
必死に足掻こうと、身体を捩ろうとした瞬間。今度は腹部に別の圧力を感じた。
小柄な男が馬乗りになっていた。
──そして、右手に握られた鋸を静かに首に当てる。
逃れようと、巡回兵の男は必死でもがいた。なんとか、口に当てられた手を払いのけ、言葉を発する。
「……殺すつもりか」
二人の男から、一切の返答はなく、その代わりに鋸が一度引かれる。首の皮膚が数枚切れ、血が滲んだ。
彼らの動作は淡々としていた。
まるで、退屈な毎日の仕事をこなすかのように。
恨みや快楽で命を奪うような異常者の所作とは一線を画した機械的な動作であった。
「こんな事をして、ただで済むと思うな……」
恨みの言葉を吐きかける。しかし、恐怖に駆られるだけの男の心に、遺恨の感情など微塵も芽生えてはなく、眼前の男らに何らかの感情の起伏を起こさせんとするが為に行った、必死の演技であった。
しかし、この必死の努力も空しく、二人からは何の変化も反応もない。淡々と鋸の往復が繰り返されるのみ。
やがて、傷口から真紅の液体が噴出し、鋸と、それを握りしめる、皮膚の爛れた手の甲を濡らし始める。
「殺すつもりなら、ひと思いにその鉈で頭を……」
もう助からない。男は悟り、諦めた。
そして懇願した。苦しまないように、一撃で殺してくれ、と。
だが、その必死の懇願すらも、往復を繰り返す鋸の動きに一切の変化を与えることはなかった。
「それでは、駄目なのだよ」
鋸を引く男──フードを深々と被った男が頭を横に振り、初めて言葉を発した。
枯れた声。まるで老人のような声だった。
しかし、老人のそれとは違い、その声には特有の力強さが感じられた。間違いなく若い男性のそれであった。
また一度、鋸が引かれる。
「頭を壊してしまっては、何の意味もない」
更に一度、鋸が引かれる。
「脳は、壊れるのが早いからな……そうなっては、『部品』として使い物にならぬ」
この言葉を発せられた時、男は絶命した。──最後に最愛の妻と子の顔を脳裏に浮かべながら。
悪魔の所業とも呼ぶべき、凄惨な作業は一時間程で終焉を迎え、頬のこけた男は、切断された頭部、上半身、下半身、脚、腕を、拘束台の横にある水槽に沈めていく。
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