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床には血の海が広がり、この非人道的な作業を行った二人の男の踵を濡らしていた。
「今日もご苦労だったな、サーディス」
枯れた声の男が助手の名を呼んだ。サーディスと呼ばれた頬のこけた男は、首を何度も縦に振る。
「今日はもう、持ち場へ戻れ」
「……?」
サーディスは首を捻る。
助手の、この間の抜けた動作に、枯れた声の男は苛立ったように、少しだけ声を荒げた。
「火薬庫だ……何度も言わせるな」
そう言って、枯れた声の男が部屋の片隅にある、うず高く詰まれた、人間の胴体や腕の山を一瞥した。
「ついでに、この残骸も捨てておけ。捨て場所は貴様に任せる」
サーディスは、再び首を何度も縦に振る。それはまるで糸の解れかけた操り人形のような、あまりにも不自然な動作であったが、その反応に満足したのか、枯れた声の男は皮袋を、助手の手元を目掛け、投げた。
「これは今日の報酬だ。好きなものを買うといい」
皮袋は助手の両手の中に収まるや、それは微かな金属音を奏でる。
中身は金貨であった。数にして三十。この街で一般の男性が半年働いて得られる報酬に匹敵する。
しかし、このサーディスという男は、この大金を一夜のうちに使い果たしてしまうだろう。
その理由は、今の彼の状態にあった。
彼は『ある物』を大変嗜好している。──それは葉巻。無論、それは一般の者達が嗜好するような代物ではない。
闇の世界で取引されている葉巻である。火を付け、吸い込むと精神的快楽を得られるという魔法の葉巻。それ故に常習性が強く、また多用することにより心身を蝕み、時には死に至るという魔性の産物。
サーディスはその葉巻による障碍の末期症状にあった。
いや、そういう人物だからこそ、枯れた声の男は彼を助手に選んだとも言える。
金貨の入った袋を受け取ったサーディスは、てきぱきとした調子で、部屋の片隅にある残骸を大きな麻袋に積め、その肩に担いだ。
そして、足早にこの建物を後にする。
こうして一人残された枯れた声の男は、暫くの間、この惨劇の部屋の中に佇んでいた。
血に塗れた拘束台。踵を濡らすくらいまでに広がった血の海。新たに増えた水槽。──そして、その中に浮かんでいる新しい『部品』。
それらを、静かに眺めたまま。
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