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「これで、完成にまた一歩近付いた。……これで、議会の頭の固い爺どもの認識も変わるだろう……『騎士』などという時代遅れなものよりも『こいつ』を使ったほうが遥かに有益だということに」
部屋の中を掠れた笑い声が反響した。
『こんな事をして、ただで済むと思うな』
その時、こんな言葉が脳裏をよぎる。
それは先刻、彼の手によって命を絶たれた男が遺した言葉。
その言葉を一笑に付した彼は、聞く相手の存在しない闇の空間にこう答えた。
「ただで『済む』のだよ、何故なら私は──」
<2>
「待て!」
そして、整備が行き届いていない石畳をブーツの踵が激しく打ち鳴らす耳障りな音に混じり、同調した若い男女の声が辺りに響いた。
度重なる魔物達の侵攻と復興の繰り返しの歴史の中、その規模を縮小せずに維持している街──グリフォン・フェザー。
しかしながら、その復興の恩恵に与っているのは、政治の中心である太守の居城周辺、貴族階級の身分の者が住む高級邸宅街、それと商売の中心となっている大通りの街道周辺といった一部地域のみに限られており、一度裏の通りに回れば、程なく未だ手付かずの地域へと辿り着く。廃屋と区別のつかぬ程に老朽化した小屋が立ち並ぶ、貧困層の者達が住まう通りへと。
そう。一見、整備が行き届いた街の外観は、貧困に苦しんでいるという庶民の現状を覆い隠す『蓋』の役割を十二分に果たしていた。
それはまさに、この街が如何に『虚栄』というものに満ちているのかを、象徴しているかのよう。
声が鳴り響いたのも、そんな政治の恩恵から見放された貧民街の一角。
人の気配すら感じられぬ寂れた一角で、今まさに、一つの追跡行が終焉の時を迎えようとしていた。
追っている一方は一組の男女。黒髪の青年と、短く切りそろえた活発的な印象を与える髪と、美しい額飾りが印象的な女。
青年は金属製の甲冑を纏い、女は簡素ながらも機能的な胸当てを身につけていた。
青年の名はレヴィン。そして、女の名はエリス。
二人は、王からの勅命によって、この街に派遣・駐留し、守衛する役目を担う『騎士隊』と呼ばれる部隊に属する者──即ち、二人はれっきとした『騎士』であった。
そして、追われている方は、独特な走り方が印象的な小柄な男。
近年、このグリフォン・フェザーの人達を悩ませている、とある賊の首領と言われている男である。
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