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剣によって切り裂かれた空気が唸る。
「さすがだね」
その音を聞いた、エリスは率直な感想を述べた。
剣を振るうことを生業としている者は、素振りの音を聞くだけで、その者の技量をおおよそ推し量ることが出来る。
エリスの耳には、レヴィンの荒削りなれども、恐るべき技量。そして、幾月にも渡り、愚鈍なまでに積み上げた努力の足跡を、しかと捉えていた。
それは、昼夜問わず机に向かい学問を究める学者の出自とは到底思えないものだった。いや、生粋の武官の家で生まれ、幼少の頃より剣の手ほどきを受けていたとしても、その若さでこれほどの音を出せる者がいるのだろうか?
彼──レヴィンは生来より類稀なる身体能力を内包していた。
幼少の頃より、走れば同年代だけではなく、年上の者よりも速く駆け抜け、飛べば倍近くも高く、そして遠くへ跳ぶ。敏捷性に関しては、常人のそれを遥かに凌駕していたのだ。
その類稀なる素養を見出され、騎士団長であるエリスの父──現シェティリーゼ家当主に強く説得されたのだ。騎士道とは厳しく険しい。到底凡人には薦められぬ道であるにも関わらず。
しかし、レヴィンはその苦難の道に屈せず、日々邁進し、精進を続けている。
その精神力の強さに、エリスは尊敬の念を払わずにはいられない。
そのとき、彼女の横で金色の風が流れた。
「おはよう、セティ」
エリスは金色の風の主に向かい、元気良く挨拶をした。
「おはようございます」
セティと呼ばれた女性が、微笑んだ。
彼女の金色の髪は、身に纏っている神官着の肩のところを超えたあたりまで伸ばされ、簡素なヘアバンドで飾られている。
旅の最中であれども、そのしなやかさと美しさは生来のものなのだろう。彼女の長い髪は、まるで神話の世界に存在する金色に輝く河を連想させる。
二人の騎士と一人の神官──彼ら三人は今、旅の途にある。
彼らは、ある事件を契機に知り合い、事件を解決へと導く中で、友情を育んだ。
その事件とは、あまりにも凄惨なものであった。
たった一人の錬金術師の『実験』の為、罪のない者達の命が蹂躙された──その数は百十余名。
その事件を経て、この数多の『死』というものを目の当たりにして、セティは沢山のことを思い知らされた。
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