第1章

3/23
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
 白き手が長衣の袖から覗く。明らかに女性の手であった。  その白さたるや、常人の色とは到底思えぬほど──喩えれば病人の肌の色に近く、まるでその肌の下には青い血が通っているのではないかと疑うほど。  彼らは一様に無口。慣れぬ高山での旅路の所為か疲労は色濃い。だが、顔を視認できる二人の目には覇気にも似た光が宿っていた。  男を先頭に、三人はやや緩やかな足取りで前庭を歩いていく。  近くを通りがかった館の使用人が、無言で近付いてくる一団に目を止めた。突然の来訪者に対し、如何様な用件で訪れたのかを問い、内容如何によっては、使用人長に伺いをたて、追い返さなければならぬ。  だが、三人の発する異様な雰囲気に圧され、声をかけることが出来なかった。  ただ、無言で三人を注視する。  三人は、そんな使用人の挙動を気に留める様子もなく、館の玄関に近付いていった。  玄関の前に佇み、彼らの様子を窺っていた、また別の使用人の女が、慌てて立ち塞がる。そして、懸命に声を搾り出し、眼前の三人に問うた。 「何用でしょうか?」 「ここの主──カミーラ議員に、嘆願をする為に参じた」  ぽそりとした声。その声が先頭の男より発せられたものであると認識するまでに、数瞬の時間がかかった。 「あ……」  男の声を認識した瞬間、使用人の女の意識がふっと途切れた。時間にして数秒。まるで、重い眩暈にも似た感覚。脳を揺さぶられたかのような不快感に襲われ、顔色は瞬時に蒼白と化し、吐き気を催した。  咄嗟に壁に背を預け、転倒こそは避けたものの、両の脚より一切の力が抜け、立っていることすらままならず、女はその場に蹲った。 「今のは……」  顔中に噴出した玉の汗が、顎と鼻の先より滴り落ちる。  蹲った使用人の女の前には、既に三人の姿は無く、玄関の扉が開け放たれていた。  一陣の風が吹き、玄関の扉の蝶番が軋む音が鳴った。  館の一番奥の部屋では、女が書物に読み耽っていた。  齢は四十程であろうか。顔には薄い皺が刻まれ、頭は斑白の髪で覆われていた。肉体は衰えの途上、その只中に彼女は存在する。  そんな彼女の耳に届いた、次第に大きくなる複数の足音。女は手にした書物をそっと閉じ、やや緊張した面持ちで入り口の扉を注視する。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!