第1章

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 かのような枯れかけた肉体であれど、背筋を伸ばし、かつ自然と椅子に腰掛ける姿勢は美しく、その瞳に宿る光もまた、生気に満ちた若々しきものであった。  彼女の名はカミーラ。この館の主であり、このグリフォン・テイルの大聖堂に務める司祭の一人である。  やがて、扉を叩く音がした。 「──どうぞ」  カミーラは外の者に向かい、そう声をかけた。 「失礼します」男の声による返答。それと同時に、扉が開く。  声の主と思しき黄土色の髪の戦士が姿を現した。後に控える二人の伴の者。合わせて三人がカミーラの部屋に入ってきた。  腰に太刀を佩いた銀髪の女が後ろ手に扉を閉めると、改めて三人は女司祭に一礼した。  カミーラも軽く会釈を返す。  四人の間に流れる沈黙。数瞬の間を置き、カミーラは静かに口を開いた。 「錬金術師殿がこのような隠遁者に、如何様な御用ですか?」 「──見抜かれてしまいましたか」  男は、その顔に軽い笑いを浮かべながら、首飾りを外した。銀色の鎖の通されているそれは、カミーラにとって大変見慣れているものであった。  聖印──この世界で、広く信仰されている神を示す紋章が刻まれた金属板。聖職者であれば、誰もが身につけているもの。  しかし、それを見たカミーラの表情が嫌悪に歪む。  男が身につけていた聖印が錆び付いていたからだ。金属板の角は崩れかけ、表面に刻まれた神の紋章も、既にその原形をとどめてはいない。  全ての聖職者が我が命と等しく尊ぶ聖印を、これほどまでに粗雑に扱う事。それは神に対する冒涜。  無論、かのような代物を平然と身につけられる者など、聖職者である筈がない。  それこそが、錬金術師の証であった。  錬金術とは、発端は化学的手段を用いて卑金属から貴金属に精錬する、その手段を模索することに始まる。  そして、その真髄はそれだけではなく、果ては人間の肉体や魂をも対象とし、それらを完全な存在に錬成するに至ることにある。  それは神が世界を創造した過程を再現する大いなる作業であるとされる。  究極は世界の全ての事象は、全て人の手によって解明できうるという唯物思想を根底に持ち、研究の日々を送っている者達を、人は錬金術師と呼ぶ。  その性質上、錬金術師には無神論者が大多数を占める。  神を信じぬという、彼ら特有の強い信念があるが故、このような宗教に対する激しい敵意とも受け取れる行動を取る者も多い。
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