第1章

5/23

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「我々は貴方に嘆願の為、馳せ参じた次第」男の軽い笑顔めいた表情が、真剣なそれへと変貌する。 「無神論者である錬金術師が、司祭である私に?」眼前の男の変化を、カミーラは鼻白んだ様子で受け流した。「筋違いも甚だしいとは、まさに──」 「貴方が派閥の意向に反し、反対票を投じようとしている、例の法案──」男の後ろに控えていた銀髪の女が静かに話を切り出した途端、女司祭の言葉は遮られ、同時に表情が瞬時に固まった。 「考え直して頂けるよう、お願いにあがりました。カミーラ議員」  カミーラの変化を見た女は、曰く有り気な笑みを浮かべる。  この街では、議会を構成する議員の半数が貴族。そして、残りの半数近くが、カミーラのような宗教関係者で占められる。  それは、このグリフォン・テイルの街が大陸中に散在する聖職者を統べる大聖堂が存在する聖地であるが故。  大陸各地よりこの地を目指す巡礼者は後を絶たず、寄付金の総額たるや莫大であり、それらの殆どは医療や街の整備などといった、グリフォン・テイルの街全体の利益の為に転用されている。  元来、信仰の対象である大聖堂が、目に見える形をもって、人々に財を再分配しているのだから、そんな彼らの行動に異を唱える者は皆無。  大聖堂は、人々からの絶大な支持を受け、グリフォン・テイルの街にとって、無くてはならぬ存在と称される程の絶大なる影響力を持ち、磐石なる地位を築き上げていた。  その構成員である司祭や神官が、この街で政治的な力を持つのは道理──それが、このグリフォン・テイルの街が宗教都市と称される由縁である。  司祭カミーラは、議会での投票権を持つ議員の一人であるのだ。  カミーラは女の言葉に対し、思わず「どうしてそれを──」と声を上げようとしたが、咄嗟に思いとどまり口を噤んだ。  グリフォン・テイル議会においての議決の際、誰が賛成票を、誰が反対票を投じるかといった情報は、議員の保護の一環として、その一切が非公開であることが原則。他言も厳しく禁じられている。  その原則通りであるのならば、目の前の三人が、議会での自分の行動を知る由もない──先刻の女の言葉は、鎌をかけているのだろうと結論づけた。 「法案──とは?」カミーラは自分の動揺を悟られぬよう、無表情を装う。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加