第1章

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 兜はつけておらず、褐色で彫りの深い顔を晒し、全く手入れされた様子がない黄土色の髪は、蝋燭の光を浴び、更にくすんだ色へと変じていた。  もう一方は女。腰に太刀を佩き、白色の衣服を着ていた。しかし、その裾からは鎖帷子が覗き、時折、布と金属が擦れる音を立てる。  肌の色は褐色。背まで伸ばされた長い髪の色は銀。背格好は違えども、隣に立つ男と、どこか似た印象を与える風貌であった。  黒衣の女が静かに煙管を吹かす。艶やかな唇から吐き出された煙は、やがて地図の上を覆う真白き雲へと化した。 「我々への包囲網を敷く為の準備と見て間違いないでしょう」  銀髪の女が声を発した。 「彼らの目的は、我がソレイア公国の南方と東方の街道を全て封鎖すること。その為の派兵である事は明白。臨戦を視野に入れた行動──といったところでしょう。なにしろ、我々は人としての禁を犯し、かつて聖都と称された、このグリフォン・テイルを滅ぼし、新国を建立したのですからね」 「無論、想定の範囲内よ」黒衣の女が、皮肉めいた言葉を発する銀髪の女に冷淡な視線を向けた。「私は、一国の君主となったのです。この程度の苦難など、易々と乗り越えて見せましょう」  そう言い放つと、再び傍らのチェスの駒へと手を伸ばし、三つの黒き駒を掴んだ。一つは騎士、一つは司教。そして城兵の駒を、先刻、彼女が白き王の駒を置いた箇所から少し下にある地図記号──グリフォン・ブラッドの街を指し示す位置に置いた。 「想定の範囲内であるのならば対策は容易い。そうでしょう?」  可憐な顔に純然たる悪意の満ちた笑みを浮かべる──この表情こそが、この女の紛れなき本性であった。  彼女の名はソレイア。かつてのこの地、聖都グリフォン・テイルと呼ばれていた宗教都市に住まう高僧であり、議会の有力議員の一人であった女。  己の出世にのみ執心し、聖職者としての地位も、彼女にとっては『出世の為の踏み台』に過ぎず、本来聖職者が尊ばねばならぬはずの信仰とは無縁の、まさに歪なる心の主であった。  本来、神への信仰こそが、聖職者個々の思想の基盤となる。だが、己の利権──政治的影響力を高めるために、信仰を都合よく捻じ曲げる様は、大陸中に散在する聖職者であるのならば、名を聞いただけで地に唾するほどの評価を下されているという有様。
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