第1章

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 故に、このグリフォン・フェザーを含む一帯の地域では、怪我や病に見舞われた者は、総じて神殿が運営する施療院に身を寄せるのが常。無論、そこで施される医療の水準は低い。  だが、このクラウスという男、これら特権階級の者の飼い犬に成り下がる事をよしとせず、この街に診療院を開き、富める者も貧しき者も一切の差別をせず、薬を用いた治療を施してきた。  いわば、錬金術師の中でも、稀に見る異端児であるとも言えよう。  錬金術師の中には、彼のように社会の利益の為に知識を活用する者も少なくはない。だが、錬金術師の代名詞と名高きレーヴェンデの非人道的な行いが明るみとなった今、錬金術師全体に対する失墜した評価のみが一人歩きしているのが現状。  クラウスはそれが悔しくて堪らなかった。 「これが俺に対する──人の為と思い、連日連夜に亘って治療薬の研究と、人々の治療に心血を注いで来た人間に対する仕打ちか」  薬師の男は泣いた。現実の理不尽さを呪った。  その時、扉が荒々しく開け放たれ、街の住民と思しき男達が数人、中に入ってきた。  手には剣や槍、鉈や棍棒など多種多様な凶器が握られている。 「──錬金術師だな」  先頭に立つ男が、静かに問う。  一見、平静を装っているようにも見える。だが、その男の眼は血走り、興奮状態のそれであるのは明らか。  その差異に、クラウスは戦慄を覚え、反射的に懐に仕込んでいた短剣の存在を確かめる。  数えれば眼前にいる男の数は、十を超えていた。入口を塞がれた今、薬師の男は、まさに袋の鼠。   クラウスは死を覚悟した。一度、愛娘を力強く抱きしめる。 「俺が死んだら」そう言い、懐から取り出した短剣を、娘の手にしかと握らせると、立ち上がり、侵入者にして襲撃者たる男達と対峙する。「その短剣で身を守り、逃げるのだ」  そして、傍らに捨てられてあった木の棒を手に取り、腕が千切れんばかりに棒を振り回しては襲撃者に躍りかかった。  運良く、初撃が先頭の男の右側頭に当たり、その衝撃で男は床に倒れ、後続の男達が一瞬怯む。  だが、所詮は多勢に無勢。しかも、クラウスの本職は薬師であり、このような喧嘩や戦いの類に関しては全くの素人である。無論、この程度で優勢になろう謂れはない。  仲間がやられたことにより、怯んでいた襲撃者であったが、すぐに立ち直り、一斉に反撃を仕掛けた。
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