第1章

3/23
前へ
/23ページ
次へ
 敵は西の公国を打倒すべく、東の王都騎士団より送られた一師団。その進軍を阻止する為の戦いであったという。  その戦の中で、兄は壮絶な死を遂げた。 「ああ……我が子よ。貴方に父様の顔を見せてやれない事を許しておくれ」  カレンは迫り出た腹をさすり、胎内に宿る子に声をかけた。 「兄様……貴方の忘れ形見は、この私が必ず無事に産んでみせます」  呟き、天を仰ぐ。「……もう、失敗は許されないのですから」  カレンの胎内に宿っているのは、彼女の実兄であるヴェクターとの間に出来た子。無論、不義の子である。  他の土地ならいざ知らず、この大陸において、このような血縁者同士の縁組は法で禁じられていると同時に、最大級の宗教的禁忌として扱われ、到底容認出来ぬもの。  その根拠は、これらの縁組によって出来た子供には死産や乳児期死亡、先天的奇形、知的障害などといった、様々な障害が発現する確率が高くなるとも言われており、それ故に神より授かる神聖なる生命を濫りに歪める悪行であると説いているからである。  事実、カレンが実兄たるヴェクターの子を宿したのは、過去に三度あり、これらは全て死産という結果に終わっている。  だが、その因果関係や明確な論拠は示されてはいない。無論、解決法など解明されてはいない。  ──故に、解明させねばならぬ。  それこそが、カレンを錬金術の道へ歩ませた唯一の動機にして、生涯の研究課題であった。  全ては最愛の兄ヴェクターに対する、純粋にして歪みきった思いゆえ。  その執念──或いは妄執、はたまた邪執と称すべき感情に支配された彼女は、長きに亘る研究や考察の末、ある一つの活路を見出した。  それが、この霊峰にある。  霊峰とは、その山頂には聖獣グリフォンの魂が宿り、祀られている聖域。  西の高山地帯の中でも最高峰と称される山。本来の自然の法則に従うのであれば、これらの標高にある山々は、その悉くにおいて冠雪し、寒風吹き荒ぶ冬の嵐であり、外の──まるで神の御園かと錯覚してしまうような穏やかな光景など有り得ぬ。  それこそが、この霊峰に聖獣グリフォンの魂の存在を裏付ける確固たる証。  霊峰の自然は、山頂に祀られている聖獣グリフォンの魂はより漏れ出でる強大な『力』によって狂わされ、そして新たに構築された法則に従っているのだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加