第1章

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 従来の方法であれば、健全な命を宿す事すら許されぬ子であっても、グリフォンの魂より与えられる『力』にあてられ、自然の──命の法則すらも捻じ曲げられるのならば或いは──  それはまさに、狂人の理論であった。  だが、狂人たる錬金術師は、おのが理論を確立する為に利用したのが、今では主君として仕えるソレイアである。  聖都の司祭にして一派閥の領袖に過ぎなかったソレイアを、一国の主へと変貌させたのは、ヴェクターとカレンの錬金術の力によるものと称しても過言ではなく、その多大なる働きを評価され、建国の際、国内第二位の地位を約束された。  そう、霊峰を管轄する地の要人としての地位を。  全ての準備は整った。  最後の子種を宿した錬金術師による生体実験は最終段階へと至っていた。  だが、カレンには一つだけ不安要素──実験の成功を阻害する不純物の存在を認識していた。  それは、今の彼女の精神状態にある。  最愛の兄を失いしカレンの心は愁傷によって酷く落胆していた。  悲報より一ヶ月の間、毎日の食事の量も激減しており、胎内の子への悪影響も懸念される。  一日も早く、この沈鬱な感情より脱却せねばならなかった。  悲しみに暮れる狂人の心を満たす手段は唯一つ──ヴェクターを直接死に追いやった者どもへの復讐。  即ち、グリフォン・クラヴィスの地にて、兄と戦った王都騎士団の派兵部隊に対する復讐であり、その求心力となっていたと言われている『双翼の騎士』レヴィンとエリスに対する復讐でもあった。  だが、身重な今のカレンには剣を手に戦う事など許されぬ。霊峰の心寂しい小屋の一室で、毎日を憤怒と哀悼との往復だけに費やし、いずれやってくる分娩の日を漫然と待つ事しか出来なかった。 「──まるで自滅への道ですな」  声が聞こえた。彼女の背後、窓の向こうにある小屋の裏庭の物陰より、それは己の気配を悟られぬよう、細心の注意をもって発せられた。  男の声であった。カレンにとって聞きなれた声。 「かつて霊術師の領域と言われていた霊峰も、今は我が公国の領地。ソレイア様の情夫たる貴方が、この敵なき地で闇に紛れる必要などあろうか? 堂々と姿を晒すといい」 「暗殺を生業とする者として濫りに姿を晒すわけにはいかぬゆえ」
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