第1章

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 その証拠として一月前のグリフォン・クラヴィスの戦闘においての被害は然程でもなかったという。  そして、あの戦いにおける勝利は、大陸中に燻っていた反ソレイア派に属する貴族や宗教派閥が一斉決起する絶好の契機となり、公国の拡大を不安視する民衆もそれに賛同の意思を示している今、騎士団に対して吹く風は、追い風の様相を呈していた。  噂では、内部告発や密告を奨励し、親ソレイア派議員の放逐に乗り出している地域もあると聞く。  このような社会情勢のもと、鉄の結束を誇る軍勢に包囲されてしまったとなっては、希代の悪女と評されるソレイアであっても攻略は困難であろう。 「それと兄様の遺した薬と、何の因果関係が?」 「ソレイア様は、この薬の量産を望んでおられる」  錬金術師の女は返答の意図を瞬時に理解し、そして戦慄した。 「もう『蟲』と魔物は信用出来ぬと仰るのか──」 「左様」男の声は、夕闇の中で冷淡に響いた。「先の戦いで『蟲』による軍勢は最早通用せぬことは証明された以上、新たな手立てを講じなければならぬとの御判断だ」 「それで、この薬を──か」カレンは足許に転がった薬瓶を拾い上げ、そして顔に苛立ちの感情を浮かべた。 「訪問の真意を話せ、暗殺者殿」  錬金術の知識を持ち、かつ薬師としての心得がある者ならば、資料を辿ることによって殆どの薬の調合や精製は可能──これは、錬金術の世界では常識とも言える事項である。  そして、その資料も兄の研究所を探せば幾らでも見つかるはず。  即ち、多数の錬金術師を抱えるソレイア公国が、たかがこの程度の事で──喩え、有能な錬金術師であれど──身重な者のもとを訪れる必要はない。  故にカレンは、ここまでの口上が全て前置きであると考え至る。 「その洞察力──流石は公国第二位の地位に有らせられる御方」 「世辞はいい」  彼女の声は鋼の如く響いた。 「この薬を本国の錬金術師団ではなく、私のところに持参したのか──その理由を説明しろと言っている」 「改良だ」 「──改良?」
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