第1章

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 まず騎士団は、採算が合わぬとして長年安値で放置されていた『エッセル湖における水運と、造船に関する一切の権利』を買い上げ、そして、どこからか幾つかの大型船を調達したのである。これにより、エッセル湖を利用した東西への大規模な運搬航路が開拓され、物資不足に喘ぐ前線への補給活動を円滑に行う事を可能とすると、その利便性に商業的価値を見出したグリフォン・クラヴィスの豪商らが続々と、この水運事業に便乗せんと名乗りを上げた。  エッセル湖における水運と、造船に関する一切の権利を掌握する騎士団は、これら豪商ら向けに幾つかの船舶を造船、そして高額で売却すると、運搬の規模に応じ通行料を徴収するといった契約下において、これらにエッセル湖の利用を認可した。  これにより、騎士団は新たにして大規模な収入源を開拓する事に成功することとなる。  そして、この改革によりエッセル湖畔にもたらした恩恵は、これだけではない。  エッセル湖畔に本拠地を置く豪商らの間で水運事業が急激に普及したことにより、船員や港湾での作業従事者の需要が急増。職を失った者達も再び働く事が可能となり人々の生活基盤も回復。貧困に起因した犯罪の類は激減し、エッセル湖周辺地域の治安が回復しただけに留まらず、これら豪商らの業績も向上。税収も増加した。  そして、水運の普及により、かつては過疎化が著しかったグリフォン・クラヴィスを除くエッセル湖畔の街にも次第に人が流入してきているという。  改革の成果が顕在化してから約一年。セティは安定化しつつあるエッセル湖畔の現状を肌で感じ、騎士団勢力の回復のみならず、ソレイアによって著しく損なわれた国力の回復を実感した。  このような様々な諸問題、または朗報を携え、神官は半年の旅を終えた。そして、旅で得たこれら情報を取り纏め、報告を済ませれば、彼女の任務は完了する。  神官は、ある建物の門をくぐった。  そこはかつて、西方最強と謳われたグリフォン・ブラッド騎士隊の詰所であった。  だが、その本来の主たる騎士隊は、ソレイア公国による侵攻からの防衛失敗によって瓦解・壊滅している現在、ここは王都より派遣された師団の前線基地としての役割を果たしている。  故に、中庭は殺風景。一切の手入れをされた痕跡はなく、先の戦により半ば崩れ落ちた塀もそのままで、乱雑に放置されていた資材の類が、その代わりを果たしているといった有様。
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