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港町エルナスを失った打撃に対する抜本的な解決にはなっていないのが現状である。
このような苦悩がソレイアを苛むが故に、このような悪夢にうなされるのだろうか?
「──くそっ、忌々しい!」
端正な顔に悪鬼の如く表情を浮かべ、ソレイアは毒づく。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「入れ!」
「失礼致します」
その不機嫌な返答に一切怯む事なく、入室したのは二人の母子。
公国錬金術師団長カレンと、彼女の幼き娘であった。
「御機嫌斜めで御座いますね。猊下」
そう言い、錬金術師の長は微笑みかけた。だが、それは主君たる女を気遣う微笑ではなかった。
彼女の銀色の瞳の奥に宿る澱んだ輝きが表情に宿る真意を物語る。
──それは悪意。嘲笑めいた悪意であった。
ソレイアは悪態をつく腹心に対し、怒りの表情を向けた。だが、それは一瞬のこと。笑顔の仮面をもって配下の来訪を出迎えた。
「少しばかり体調が優れぬ故、そう見えるのでしょう」
「騎士団に追い詰められているが故の心労なのでは?」
「それは違うわ」公国の主は皮肉の言葉を発する女の顔を見遣り、そして笑った。「もう、この国には私に財をもたらす力など残されてはない。故にこの国は用済み──とっとと捨て置けば良い」
そう言ってソレイアは椅子より立ち上がると、窓際へと歩き出した。そして、彼女は窓の向こうに存在する景色に視線を向ける。
部屋からは旧聖都の景色が一望できた。眼下に広がる通りには、かつては巡礼の聖職者が行き交い、大聖堂へと続く道に、長き行列を成していた。
だが、ソレイアがこの街を蹂躙した今、その光景は驚くべき変貌を遂げた。
路上を徘徊するのは街の労働者層たる魔物と、今日の飯にすらありつけず、宛てもなく彷徨う街の最下層民──旧聖都の住民達のみといった有様。
かつては長旅に疲れた聖職者らの憩いの場であり、露天商が数多く並んでいた街の中央広場も、今では鮮血に濡れた断頭台が所狭しと並べられていた。
公開処刑場である。
今日も十数名もの人間が──この街に潜伏する反ソレイア主義を掲げた団体の幹部が──あの広場にて処刑されたばかりだ。
遺体は野晒しとされたまま放置され、不気味な声をあげながら群がる烏の好餌と成り果てていた。
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