第1章

7/32

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 この荒廃に極みたるや無法地帯の様相。それは国家が国家たる機能を一切放棄し、この地の富という富、財という財を吸い上げ、食らい、貪りに終始した挙句の果てに存在する光景であった。  言わば、残骸。食い散らかしの跡。 「それに──王という立場にも、そろそろ飽きて来たところです。こんな塵芥の如き都の支配権など、欲しければ幾らでも差し上げましょう」 「ですが、貴女の打倒を旗印に掲げる騎士団が、それで許すとは思えません。ソレイア様のお命を奪うまで、執拗に戦いを続ける事でしょう」 「面倒臭い連中ね」ソレイアは鼻で笑う。 「──とはいえ、そう簡単にくれてやるほど、私の命は安くない。ならばそれに相応しい代償というものを払ってもらわなければなりませんね」 「それは可能なのですか?」  カレンが問う。  常人であれば、この国が騎士団に対抗するための国力は持ち合わせているとは到底考えられぬであろう。  そして、常人であれば言うであろう。  ──騎士団に勝利する事など夢物語である、と。  だが、この部屋に存在しているのはソレイアとカレン──片や己の出世欲を充足させる為、数多の人間を籠絡・利用して、一介の僧から一国の主にまで上り詰めた狂人。片や実兄を溺愛するが故に、人としての禁忌──人間の近親交配──に挑む錬金術師である。  このような人物が、常人の思考など持ち合わせている謂れはない。 「私は勘違いをしていたわ」  不意に、ソレイアは言葉を紡いだ。 「王という立場になれば、誰もが私に平伏すと思っていたわ。でも、現実は四方を騎士団や神官戦士団どもによる布陣に囲まれていると言う惨状──どうやら、私の考えは真実ではなかったようね」 「ならば、この現状を前に如何様にして騎士団にその代償とやらを払わせるというのですか?」 「簡単よ」ソレイアは口元に悪意めいた笑みを浮かべた。「王の地位でも不足というのならば、それをも超越し、誰もが平伏す程の『存在』になれば良いのです。喩え、敵が民衆であっても、騎士であっても、神の使いたる聖職者であっても──」 「──そして、敵が『神』そのものであっても」カレンは得心し、頷いた。「故に私を呼んだわけですね」 「ええ」  二人の狂人が微笑む。狂人ゆえ、ソレイアの発言に疑問も抱かぬ。  眼前の絶望的な状況から目を逸らし、現実から逃避しているのではない。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加