第1章

8/32
前へ
/32ページ
次へ
 事実、カレンはおのれの思考──良識や常識の類など一切介在せぬ、冷徹な理論に従い、ソレイアの提言を実現させる方法を模索し、錬金術師の女は一定の仮定に基づく結論に至っていた。  カレンが今日、ソレイアのもとを訪れたのは、その方法についての議論を交わす為。 「そして、貴女の論拠は──その娘にあるということですか?」  ソレイアは、カレンの隣にいる娘に視線を向けた。  先日、二歳を迎えたばかりの女児であった。傍目には只の幼児。  本来、幼児は物心が付くまでは、親の庇護のもと家の中で育てるのが常であり、このような年端のゆかぬ子を人前に──ましてや、一国の主たる公人の前に出す事など、余程の理由がなければあり得ぬ話である。  そう、『余程の理由』がなければ。  故に、ソレイアは確認の為に問うた。  カレンが連れてきた娘こそ、『存在』を実現させる為の秘策、その根拠であろうと。  対し、錬金術師の女は不敵な笑みを浮かべ、静かに頷いた。 「我が娘であり、我が実兄ヴェクターの忘れ形見にございます」  そう。カレンの隣に立つ女児は実の兄妹の間に生まれた子──即ち不義の子である。  それを本能的に自覚しているのだろうか? 娘の双眸には、二歳の幼児には似合わぬ濁った光を湛えていた。  血縁者同士の間で出来た子供には、先天的奇形をはじめとした、様々な障害が発現する可能性が高く、また死産の可能性も高いとされる為、このような縁組は慣習面、法律、宗教面のいずれにおいても禁忌とされているのが常。  事実カレンも過去に兄との間に授かった子を三度、死産の憂き目に遭わせていた。  だが、カレンは二年程前、これらの障害を乗り越え、子を授かったのだ。  最愛の実兄との間に出来た子を。  錬金術師は、澱んだ目をした娘の頭を軽く撫でた。その様にソレイアは怖気を覚える。 「──やはり、霊峰の力ですか?」 「はい」カレンは頷いた。「私の出産が成功した要因は、妊娠期に過ごした霊峰での生活にあると考えております」  霊峰とは西の高山地帯の中でも最高峰と称される山。山頂には聖獣グリフォンの魂が宿る石英碑が祀られており、かつては聖域として周辺地域の人々から敬われ、そして同時に畏れられていた。  事実、石英碑からは無指向性にして絶大な『力』が絶えず溢れ出ており、それは周囲の自然法則を狂わせる程の混沌たる力であった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加