第1章

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 雷雲なくば雷光が生まれぬが故。そして、炎と氷が同時に存在する事が出来ぬ故。  だが、その矛盾を現世において発現させたのは、リリア自身と、彼女の背後に聳立する石英碑による奇跡であった。  霊術士とは、この石英碑に眠る聖獣グリフォンの魂と意思の疎通を行う事によって、おのれの肉体を媒介として聖獣グリフォンの力を召喚。強靭な精神の力をもってして、その純然たる力を制御して様々な奇跡の術を行使する異能者である。  だが、術の行使者たるリリアは今、飢えと渇きによって、その生命の維持すら危ぶまれる状態にある。心も衰弱の果てにある彼女に、そのような力など残されている筈などなかった。  そう、本来であるのならば、霊術の行使などままならぬ筈。にも関わらず、彼女の肉体には聖獣グリフォンの力が召喚され、不完全ではあれど、術の行使が実現しているのだ。  理由は唯一つ──リリアが霊術士として極めて優秀な人物であるが故。彼女の肉体が霊術によってもたらされる力の奔流に順応しすぎているが故。  剣を振るうのが戦士の本能であるかのように、そして論を説くのが賢者の本能であるかのように、この聖獣グリフォンの力を体内に召喚する行為こそが霊術士たるリリアの本能となっていたのだ。  その為、リリアは無意識のうちに、術を行使するための準備段階たる召喚儀式を自動的に執り行い続けていたのだ。  だが、召喚儀式を完成しても、その力を制御する精神力がなければ、術の行使は成立せぬ。  祭壇にて繰り返し発現している、この三つの現象は──言わば、発動へと至らなかった力の残渣。  心の衰弱によって、背後の石英碑より与えられし力の奔流を制御する事が出来ぬまま、排出された残滓。  その変異の源泉であるリリアの姿を冷淡に、そして笑みをもって見つめる二人の女がいた。  ソレイアとカレンであった。  ソレイアはリリアのもとへと歩み寄ると、その細い指先をリリアの顎に当て、項垂れた頭を押し上げた。青褪め、疲弊しきった顔を視認するや満足そうに頷いた。 「もう少しね」ソレイアは強風で乱れる髪を右の手で押さえながら、不敵な笑みを浮かべた。「この雷光、炎、霧氷の発現こそ、この娘の衰弱の証。心身が衰弱すればするほど、霊術士はおのれの肉体を媒介として召喚した聖獣の力を暴走させていくのですね?」
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